薔薇の寝床
ペテン師

 高瀬はとても不服そうな目で、わたしをじとりと見つめている。
 夜のリビング。
 そこのソファーにふんぞり返り、高瀬は俺様な態度で視線を向けてくる。
「……それ、ありかよ?」
 そして、そんなことをぽつりつぶやいた。
「……ありよ。普段はもちろん、もっとかわいい格好をしているけれど、あなたがいるからこれで十分。むしろ、これでなければダメ」
 そう言って、すたすたと高瀬の前を通りすぎ、テレビの電源オン。
 高瀬が座っていない、一人がけのソファーにぼすっと体を沈める。
 高瀬の言葉通り、わたしは「それ、ありかよ?」な格好をしている。
 そう、花も恥じらうピッチピチの現役女子高校生がする格好ではない。
 お風呂上り。
 Tシャツにハーフパンツという、なんとも色気も洒落気もない格好。
 普段は、これでも、乙女ちっくにレースとリボンがついたワンピースパジャマなんて着ていたりするけれど。
 だけど、そんな危険な格好、この男の前でできるはずがない。
 このセクハラインチキ教師の前で!
「ふーん」
 高瀬はやっぱり不服そうにつぶやき、リモコンを使って、プチっとテレビの電源を切った。
 同時に、テレビから流れてきていた、きな臭い事件のニュースが途切れる。
 当然、わたしはじろりと高瀬をにらみつける。
 ニュースなんて聞いてやしなかったけれど、高瀬のこの俺様な態度に腹が立つ。
 だから、非難の眼差しはおしみない。
 この男、本当に何様のつもり!?
「それって、これのこと?」
 じろりとにらみつけていると、目の前に、ぱらりと一着のピンクのパジャマが現れた。
 ……え?
 数秒の思考停止の後、ようやくその違和感に気づく。
「どうしてあなたがそれを持っているのよ!」
 がばっと立ち上がり、高瀬の手の中からピンクのパジャマを奪い取る。
 だってこれ、今朝洗濯して干していたわたしのパジャマなんだもん!
 ……あ。
 それで思い出した。まだ洗濯物を干しっぱなしだったわ!
 今日、学校から帰って来てすぐにあのとんでもない事件が、インチキ教師との同居事件が発生したものだから、ころっと忘れていた。
 早く取り込まなきゃ。
 まさにそんなひきつった表情を浮かべ駆け出そうとするわたしに、後ろからなんともあっさりとした声がかかる。
「取り込んでおいたぞ」
「え……?」
 背を向けたまま、顔だけをくるりと高瀬に向ける。
 すると高瀬は、なんとも嫌味なペテンな微笑みを浮かべていた。
「お前、もっと色気のある下着をつけろよ」
 高瀬はそう言うと、またしても瞬時に不服そうに表情を変える。
 さらには、ライオンのようにぎらりと目を輝かせ、「あれじゃあ、襲いがいがないだろう」なんてぶつぶつ不平をもらす。
 ……こらあーっ!
 今、何とつぶやいた!? 何と!
 というか、それはひとまずあっちにおいておいて……。
 ――この上なく不本意だけれど。
 洗濯物を取り込んだということは、当然そういうことで……。
 ということは、み、見られた!?
 うぎゃあーっ!!
 人生最大の恥だわー! 汚点だわー!
 もうお嫁にいけない!
 ぎょっと目を見開き、ぱくぱくと口を動かす。
 当然、顔は真っ赤だったり、頭から湯気が上がっていたりする。
 とりあえず今は、高瀬の問題がありまくるつぶやきよりも、現実に起きてしまったことが優先される。
 なんとも間抜け顔のわたしに、高瀬はやっぱりにやりと不気味な微笑みをたたえる。
「さあってと、それじゃあそろそろ寝るか。明日も学校があるしな」
 高瀬はそうひとりごち、すっくと立ち上がる。
 同時に、わたしの体がびくんと反応するのは当たり前。
 それを見て、高瀬はさらに楽しそうににやにや笑う。
 高瀬はごく自然にスマートに歩み寄り、ふるふると体を震わせ直立しているわたしを何とも軽々と抱き上げた。
 当然、とってつけたようにお姫様だっこ。
 そして、わたしを自分の腕に抱き、にっこりと極上の笑みを落とす。
「一緒に、寝る?」
 そうして、さらりと言い放つ。
 それから、わたしの返事など待たずに、高瀬は当たり前のようにすたすたとリビングを後にする。
 律儀に、プチっとリビングの電気を消して。


 そうして連れてこられた一階の客間。
 今日からここが高瀬の住み処となる。
 そこのひとつの壁の中央につけるように、セミダブルのベッドがある。
 しかもそこには、すでにちゃっかりと真新しいシーツが敷かれている。
 かなりの、用意周到ぶり。
 さすがは、ペテン師。
 することにそつがない。
 ――おいおい。
 そんなところに、こんな状況で感心しているって、どういうことよ? わたし。
 当然のように、わたしの体はそのベッドの上に置かれる。
 置かれた瞬間、もがくようにベッドから這い出ようとすると、即座に高瀬にぎゅっと抱き寄せられた。
 そして、その胸へとまた顔をおしあてられる。
 触れた高瀬の胸からは、とくんとくんと鼓動が聞こえてくる。
 少しはやく脈打っているようなそんな音。
 え……?
 顔を少しずらし、高瀬の顔を見てみると、やわらかい微笑みをわたしにそそいでいた。
 そして、さらにきゅっとわたしを抱き締め、ぽふっとベッドに倒れ込む。
 二人の重さの分だけ、ベッドが沈む。
 インチキ教師は、わたしを抱く手の力をゆるめることなく、そのまままぶたを閉じていく。
 この夏の寝苦しい夜に、これまた暑苦しい男が横にいて、さらに抱き締められてなんていたら、眠れるわけがない。
 だけど高瀬は、わたしを抱き枕のように抱き、幸せそうに微笑みながら心地よい眠りへ落ちていく。
 次第に、リズムよい寝息が聞こえてきた。
 その寝息を子守唄に、わたしも睡魔に襲われていく。
 ――あり得ない。
 人生が完全に終わった日。
 枕元から香るラベンダーの香りをかき消すように、ひとつの香りがわたしにとどく。
 わたしは、あたたかく力強い腕に抱かれ、甘い薔薇の香りに包まれながら、浅い眠りを迎える。
 この甘い香りは、嫌いじゃない。
 ……むしろ、好きかもしれない。
 高瀬が言っていた、高瀬の家の庭一面の薔薇というものを、一度見てみたいと思った。


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update:04/01/26