噴水端の拉致
ペテン師

 一学期の終わりを目前にして、高瀬がいきなり担任になった日の放課後。
 暑い夏の放課後。
 家に帰りたくなくて、一人街をぶらぶらしていた。
 だって、家に帰れば、あの顔が待っているから。
 あのインチキペテンな極悪な顔が。
 ……ううん、多分まだいないと思う。
 わたしは帰宅部だから、委員会がない日はたいていは早い帰り。
 そして高瀬は、あれでも一応何を間違ったのか教師だから、とりあえず定時までは学校にいるだろう。
 よって、本日は、わたしの方が先に帰宅する。
 高瀬には、言ってやりたい文句が山ほどあるけれど、それよりも、もう相手になどしたくないという気持ちの方が大きくて、どうでもいいという感じ。
 願わくは、極力あのインチキ教師とは顔を合わせたくない。
 学校帰りにコンビニでアイスをひとつ買い、途中にある、ちょっぴり大きな公園に足を踏み入れた。
 そこの噴水の背の低い塀に腰をおろし、ぺりっとアイスの封を切る。
 こんな暑い夏の午後には、やっぱりアイスがいちばんいい。
 口に入れた瞬間、じわっと冷たさが広がっていく。
 気分がちょっぴりひんやり涼しくなる。
 そして、甘いストロベリーの味が最高。
 しばらくここで、一人のんびりしていたい。
 さわさわとそよぐ夏の風を頬に受け、今この瞬間はとても落ち着いた気分。
 やっぱり、この一週間というもの、高瀬にいろいろとかきまわされていたから、久しぶりのまったりした時間は落ち着く。
 わたしは、こういう静かな高校生活を送るはずだった。それが望みだった。
 しかし、それも高校生活半ばにして、見事打ち砕かれた。
 あんなインチキ教師にかかわってしまったばかりに。
 あんなインチキ教師のペテンな本性を知ってしまったばかりに。
 アイスを食べ終わり、くしゃっと袋を丸める。
 インチキ教師のことをちらっとでも考えてしまったばかりに、ちょっとの怒りを込めて。
 そして、それを鞄の横におき、んーと背伸びをする。
 うん、やっぱりいい。
 こんなにさわやかな気分になるのは、一週間ぶり。
 それでわかる。どれだけあのインチキ教師に振りまわされていたか。
 まあ、最大のあの男の暴挙は、やっぱり同居事件だけれど。
 そして、何度となく奪われた、キス――。
 高瀬は一体どういうつもりでわたしにキスをしているのだろう?
 好きだとは言われた。
 でも、それだけ。
 わたしは、何も答えていない。
 そして、高瀬のあの言葉も、信じられない。
 どうして? なんで?
 普段から、高瀬に群がる女子生徒なら……まあ、気が触れたとでも魔がさしたとでもいえるだろう。
 しかし、わたしはそんな女子生徒たちとは違う。
 むしろ、高瀬にぎんぎんの敵意を向けていた。
 それなのに、どうしてわたし?
 そう考えた瞬間、なんだかとても淋しい気分に襲われた。
 胸の辺りが、すうすうと寒さを感じる。
 あのキスは……ただのきまぐれ?
 ただ、高瀬がキス魔なだけ?
 キスができれば誰でもいい?
 最初は、ファーストキスを奪われた時は、とても悔しかった。腹が立った。
 そして、二度目も三度目も……。
 でも、あの時、ソファーに押し倒され、いっぱいいっぱいキスをされた時、あの時は……嫌じゃなかった。
 高瀬のぬくもりと甘い香りに包まれ、いっぱいいっぱい高瀬がわたしに触れた。
 そして、わたしもいつの間にか抵抗をやめ、受け入れていたかもしれない。
 嫌だって頭はいっているのに、体はわたしの意思に反し、命令に反し――。
 太陽の光を受け、きらきら光る噴水のそこで、そっと自分の唇に触れていた。
 さっきアイスを食べたばかりのその唇に。
 ほんのりとストロベリーの味が残るそこに。
 その時だった。
 ふいにわたしに影がかかり、どすっと低い声がした。
 なんだかとても嫌な感じがする声だった。
「楓花さま、このようなところにいらしたのですか」
「へ?」
 ぞくっとすらするその声に思わず反応していた。
 びくんと体を震わせ、見上げる。
 ばっと、唇から手をはなす。
 見上げたそこには、ぴしっとスーツを着こなした壮年の男性が一人立っていた。
 その雰囲気は、どこか威圧的で怖かった。
 そして、たしかに今、この男性の口からわたしの名が呼ばれた。
 どういうこと!?
「帰りが遅いと、昂弥さまが心配されていますよ」
 どこか怖い印象があるその男は、ふと困ったような優しげな微笑を浮かべた。
 意外にも、微笑んだ顔は人懐こい。
 男性はふいにわたしの腰に手をあて、ひょいっと抱き上げる。
「は?」
 当然、わたしは訳がわからず、さらにはこの状況についていけず、思考も体も停止。
 そうしていると、男性は横に置いてあった鞄とアイスの袋を、わたしを抱いたそのままで、腰をかがめ拾い上げる。
 だから、これ、何事!?
 とにかく訳がわからなくて、声も出せなくて、わたしを抱いている男性を凝視する。
 すると男性は、すたすたとゴミ箱へ歩いて行きアイスの袋を捨てると、またすたすたと公園の出入り口へ向かって歩いていく。
 そして、そこに停めてあった黒塗りベンツの後部座席へ、鞄と一緒にわたしをぽいっと放り込む。
 はあいー!?
 な、な、なんですか!? これ!
 音にならない叫びを発し、じたばたもがいていると、男性はにこり微笑んだ。
「寄り道はだめですよ」
 同時に、ばたんとベンツの扉がしめられる。
 さらには間髪をいれず、怪しげな黒塗りベンツが走り出す。
 待てーっ!
 これはどういうことですか!?
 そして、この人、誰!?
 冷静に状況を分析していたわたしの頭が、ようやく普通の驚きを取り戻した。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:04/02/02