インチキ教師と召使い
ペテン師

 怪しげ黒塗りベンツがついた先は、麗しの我が家、南川家。
 ――だから、待て。
 そして、説明をして。
 くらくらしてめまいを覚えた頭に手をあてると、玄関の扉がすっと開けられた。
 その中から出てきたのは、艶かしく微笑むインチキ教師。
 ……さらに待て。
「やあ、おかえり」
 ぐらんぐらんと頭をまわすわたしに、高瀬は歩み寄りにっこり微笑む。
 そして、すいっとわたしを抱き上げた。 
 くどいようだけれど、お姫様だっこで。
「だめだよ、寄り道をしないでちゃんと帰ってこなければ」
 そう言って、高瀬はちゅちゅっとわたしのおでこと頬にキス。
 そして、ばたんと玄関扉は閉められた。
 閉められた瞬間、その場で、高瀬の腕の中で、当たり前のように唇へとキスが降ってきた。
「やめろ! 黙れ! 何なのよ、これは一体!」
 とにかく、ぐいっと高瀬の顔を押しのけ、叫ぶ。
 当然、ぎろりとにらみつける。
 すると高瀬は、眉根を寄せぶすっとふくれっつらで、責めるようにわたしを見つめる。
 それはまるで、途中でキスを妨げられすねているよう。
 ――だから、待て。
 責めたいのは、むしろわたしの方!
 このインチキエロエロ教師め!
「お迎え。寄り道をする悪い子を連れ戻すための。やっぱりねえ、留守にしている楓花のご両親から楓花を預かっている以上、ちゃんと面倒をみないとね?」
 にやりと極悪笑顔を浮かべる高瀬に、またキスをされた。
 その瞬間、高瀬が自慢するふわふわさらさら栗色の髪の毛を、ぶちっと十本ほど引き抜いてやった。
 というか、待て。
 高瀬、今さりげなくわたしを名前で呼ばなかった? しかも呼び捨てで!
 一体、いつ誰がオーケーしたのよ!?
 それに、ちゃんと面倒をみるだって!?
 だったら、あなたがしているこれは何!?
 これは違うでしょう。ちゃんと面倒をみるとは。
 ちゃんと面倒をみるなら、こんなスケベな真似はするんじゃない!
 これは絶対に、保護者がすることなんかじゃない、間違っても!
「何訳がわからないことを言っているのよ、このインチキ教師!」
 ぶちっと引き抜いた高瀬の髪をふっと吹き捨て、だんと肘で胸に一撃をお見舞いする。
 もう知るものか。我慢なんてしてやるものか。
 こんな奴、この程度ではまだまだ駄目だわ。
 もっと攻撃をしなくちゃ、やられる。
 絶対、やられる。
 今度こそ、おしまい。
 攻撃は、時に最大の防御になるのよ!
 攻撃したはずなのに、高瀬はふっと不敵な笑みを浮かべた。
 そして、何もなかったように涼しい顔をして、わたしをその腕に抱いたまま、すたすたとリビングへ向かう。
 ……冗談じゃないっ。


 リビングに入ると、ぼふっとソファーの上に置かれた。
 そして、倒れるようにソファーに座るわたしに、インチキ教師がのしかかってくる。
 そしてやっぱり、こうなる。
 キス――。
 高瀬の気がすむまで、それは繰り返される。
 唇といわず、いたるところに愛撫をされる。
 とても優しく、愛おしむように。
 ――待て。
 これは、ある意味エスカレートしているのでは?
 この男、本当にキス魔だ。
 ……もういい。
 頭が痛い。
 どうにでもなれ。
 というか、誰か本当になんとかして、この極悪エロインチキ教師を。ペテン師を。
 満足したのか、高瀬はようやくわたしを解放した。
 そして、少し乱れたわたしの髪をふわりとすくようになでながら、ペテンな微笑みを隠したさわやか笑顔でにっこり微笑む。
「さあってと、成績が落ちるといけないから、今から家庭教師をしてあげよう。せっかく、学校の先生と親公認で同棲をしているのだからな?」
 だから、待て。
 このインチキペテン師め!
 何が親公認だ。何が同棲だ。
 全部全部認めない!
 とくに、同棲は間違い極まりない。
 ただの同居!
 たんなる同居でしかない!
 間違っても。天地がひっくり返っても!
「同棲じゃないし! 何なのよ、さっきからあなたは! わたしはあなたとの同居も認めない! わたしに干渉しないで! というか、誰よあれ!」
 さっきからわたしが高瀬に襲われているというのに、リビングの扉の前に立ち、涼しい顔でこちらを見ている男性が一人いる。
 それはさっき、公園の噴水端でわたしを拉致ったあの男性。
 というか、見ているなら助けてよ。
 いやいや、よくこんな光景を平気で見ていられるものね。
 普通じゃない、この人の神経も。
 びしっとその男性を指差すと、高瀬はそんなものはどうでもいいじゃないかと言いたげに、目をすわらせる。
 そして、ふうと大きくため息をもらす。
「俺の召使い」
「はいー!?」
 わたしは思わず、すっとんきょうな声を上げていた。
 だってだって、め、め、召使いですか!?
 よりにもよって召使い!?
 ここはおとぎの世界ですか!?
「だから、使用人。たいていの雑用は、その男にさせている。というわけで、時々この男も顔を見せるから」
 こんな男を気にかける必要はないとばかりに、高瀬は面倒くさそうにそう説明した。
 そしてまた、ぎゅっとわたしを抱きしめて、インチキ教師のいやがらせなキスの攻撃がはじまる。
 やっぱりそれを、インチキ教師の召使いとやらは、涼しい顔で見ていた。
 ……だから、見ているなら助けてよ、そこ。
 どこからどう見ても、わたし、襲われていますの図でしょう?
 ライオンの餌食になってしまったシマウマの図でしょう?
 いや、その前に、慌てようよ、わたし。
 少しは抵抗しようよ、わたし。
 ――まずい。このままだと、わたし、流される。流され続ける。このインチキ教師に。
 この世でもっとも嫌なパターン。
 それは、流されるままにしてしまう恋。
 なんだかそのパターンにどっぷりはまってしまいそうで、怖い。
 抵抗しない。嫌だと感じない。
 ということは、もうかなり危ないところまできているかもしれないということ? もしかして……。
 ――嫌だ。こんな奴だけは、絶対に嫌!
 それにしても召使いとは、また……。
 あまりにも突飛すぎて、逆に呆れてしまう。
 そもそも、使用人がいるのに、どうしてわざわざここに一緒に住むのよ。
 家でいいじゃない、自分の家で。
 というか、消えろ。
 今すぐわたしの目の前からその姿を消せー!
 このペテン師がっ!
 そう思ってみても、やっぱりインチキ教師のペテンなキスが嫌じゃないから、とてつもなく困る。
 触れたそこから、思いが、ぬくもりが伝わってくるようで、抵抗できなくなる。
 やめられなくなる。
 ……いつの間にか求めてしまう。
 流されるままに。
 それはまるで、麻薬のように。
 こんなの、わたしがいちばん嫌いなパターンのはずなのに。
 ずるずる流されるままの、ふしだらな関係。
 気持ちは後まわしの関係。
 キスだけの関係。


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update:04/02/05