危険な個人レッスン
ペテン師

 結局、こうなってしまうのよね。
 必要なんて全然ないのに、皆無なのに、インチキ教師の個人授業。
 大・迷・惑!!
 わたしは、学校にその名をとどろかせる才女なのよ。
 そんなわたしに、個人授業なんて必要ない。
 むしろ、高瀬に教えられる方が成績が落ちそうで怖い。
 一人で勉強した方が、よほど成績が上がるというものよ。
 このインチキ教師!
「じゃあ、とりあえず、これから解いてみて」
 高瀬は一枚のプリントをひらりとわたしの目の前においた。
 迷惑だと、必要ないと言っているのに、問答無用でリビングのローテーブルの前に座らされていた。
 結局、高瀬の思い通りになっているというわけ。
 ……ところで、プリントって……高瀬、やっぱり周到すぎ。
 高瀬の策略は、一体どこから張り巡らされているの?
 時々そう思って、感心してしまうくらいの罠っぷりだわ。
 どうせ、このプリントも罠プリントなのでしょう?
 いやいやプリントに目線を落とした瞬間、言葉を失ってしまった。
 ……待て。
 やっぱり待て。
 案の定待て。
 待ちやがれ!
 な、な、なんですかあ、これは。インチキ先生!
 ぎょっとにらみつけると、高瀬はにやーりと微笑む。
「簡単だろう? 学校一の才女の楓花なら」
 だから一体いつ、名前を呼び捨てにしてもいいと言ったのよ?
 勝手に呼び捨ててくれちゃって。
 このペテン師め。
 ――まあ、たしかに、この程度ならわたしには楽勝。
 しかし、待て。
 その内容がインチキくさくて、罠くさくてやっていられない。
 どうして、ここに並べられたもの、すべて歌なのですか!?
 しかも、恋の歌ばかり!
「あなたは、古典じゃなくて現代文の教師でしょう!」
 と思わずつっこみ。
 すると高瀬は、けろりと言い捨てる。
「国語教師」
 ……う。
 た、たしかに、間違ってはいない。
 むかつくけれど。癪だけれど。
 ペテン国語教師なことはたしか。
 こんな奴に教員免許をとらせた人の顔が見てみたいわ。
 ああ、どうせ、こねと権力と財力でとったのだろうけれどね?
 本当、大人ってきたないっ。
「じゃあ、ほら、解いて解いて」
 罠プリントを前に呆然としていると、インチキ教師はわたしを急かしてくる。
 仕方がないから、とりあえず一問くらいは解いてあげよう。
 ……解いてあげよう、とは少し語弊があるかもしれない。
 だって、このプリント一面にかかれた歌の意味をとるだけだもん。
 何の意味もない。
 やっぱりこいつ、ペテン師だ。

 筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞ積もりて 淵となりぬる
 ――筑波山の峰から流れ落ちる男女川が、次第に水量を増して深い淵となるように、はじめは淡い思いだったわたしの恋も、積もり積もって今では淵のように深くなってしまったよ。
 (後撰和歌集・陽成院)

 逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし
 ――もし、恋人と逢って契りを結ぶということがまったくなかったならば、かえってあなたのこともわたし自身のことも、恨んだりはしないだろうに。
 (拾遺和歌集・藤原朝忠)

 風をいたみ 岩をうつ波の おのれのみ 砕けて物を 思ふころかな
 ――風が激しいので、岩に打ち寄せる波が自分だけ砕け散るように、あなたのつれなさにわたし一人が心砕けて、物思いをするこの頃だなあ。
 (詞花和歌集・源重之)

 ばーい、小倉百人一首。
 ……やっぱりね。どこかで見たことがあるはずだわ、全部。
 とりあえず、三問ほどを解いてあげた。
 すると高瀬は、わたしを見つめつつ満足げに微笑む。
「そうそう、その通り。さすがは学校一の才女。それで、これで俺が何を言いたいかわかる?」
 ――わかりたくもありません。
 高瀬をじとりとにらみつける。
 そうすると、高瀬はつんとわたしのおでこをつつきつつ、おどけてみせる。
「もう、頭はいいくせに、勘は鈍いね。これは全部、俺から楓花へのメッセージ。俺の楓花へ寄せる思いのすべてだぞ?」
 ……待て。
 だから待て。
 とことん待てってばっ!
 あなたは、阿呆(あほう)かあ!?
 阿呆なのだな!? 
 そうかそうか、よーくわかったわ。高瀬は阿呆だー!
 どうして、そんな恥ずかしいことを、さらりと言ってのけられるの!?
 というか、はじめて聞いたわよ、それ。
 たしかに、好きだとは言われた。そして、キスも嫌というほどされている。
 だけど、そんな皮肉がまじった思いなど、今まで一度も聞いたことがないわよ?
 むしろ、からかっているふうだったわよ?
 そう思った瞬間、ぐしゃりとプリントを丸めていた。
 そして、ばしっと高瀬の顔めがけて投げつける。
 高瀬の奴、むかつくことにそれをひょいっとかわしてくれた。
 さらにはどこからか、別の一枚のプリントをすいっと取り出した。
 そして、にっこり微笑む。
「じゃあ、次はこれをしようか?」
 ――おい。
 差し出されたプリントにちらっと視線を落とすと、やっぱりだった。
 やっぱり、さっきとたいしてかわり映えのしないプリント。罠プリント。
 今度は、四字熟語ですか。
 それで、高瀬は何をしたいの?
 そう思い、再びまじまじとプリントを見る。
 そして、わかってしまった。
 わかりたくないけれど、わかってしまった。
 そこに並べられていた四字熟語。それがくせもの。
 今度は、その四字熟語の意味を問うものだった。
 高瀬の思惑など百も承知だというのに、わたしは律儀にも問題を解いていく。
 真面目すぎる自分が憎い。
 この時ほど憎いと思ったことはない。
 何もかも、インチキ教師の思い通りだと思うと、悔しくてたまらない。
 どうして、わかっているのに、こうしてわたしは解いちゃうかなあ?
 ということは、何!?
 もしかして、わたしも阿呆なの!?
 ……そんなの、絶対にやだ。


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update:04/02/08