異国からのラブレター
ペテン師

「高瀬、何をしているの?」
 ペテン教師が作ったいかさま夕食を食べ終わり、さらに片づけまでもさっさと済ませた。
 それはもちろん、すべて、このインチキ教師のなせる業。
 なんともまあ、見事なことで……。
 本当、このお買い得な独身男は、いいお嫁さんになれるわよ?
 その後、高瀬は、リビングのローテーブルの上に持ち込んだノートパソコンを広げ、何やらカチカチとキーボードを叩いている。
 それが妙に真剣な顔をしているものだから――そう、あのインチキ教師が真剣な顔をしているのよ。不気味でしょう?――思わずそう言ってディスプレーをのぞきこんでいた。
 高瀬の顔のすぐ横に顔をもっていくと、やっぱりふわっと甘い香りが香ってきた。
 薔薇のお庭から離れ、もう二週間はたっているだろうに、高瀬からは相変わらず甘い香りが香ってくる。
 ……不思議。そろそろ、香りだって消えてもいい頃なのに。
「ん? 優等生がカンニングか?」
 ディスプレーをのぞきこむと、高瀬はくるりと首をまわし、にやっと微笑みわたしを見つめた。
「しないわよ!」
 高瀬のこの上なくむかつくその言葉に――そう、この学校一の才女、楓花さまに言ってはならない言葉!――かちんときて、べしっと背中を叩いてやった。
 まったく、失礼しちゃうわね。
 よくよくディスプレーを確認すると、そこに開かれた窓はメールソフトの窓。
 ――ちょっと、これでどうすればカンニングができるのよ? お馬鹿っ。
 てっきり、その言葉から、差し迫った期末テストの問題でも作っているのかと思ったじゃない。
 やっぱりペテン師だ。インチキ教師だ。
 少しはまともに仕事をしろ!
 その瞬間、ピコーンというメールの受信音が響いた。
「今、メールを受信したんじゃない?」
 そう言って、さすがにメールを見るのはまずいでしょうということで、高瀬からすいっとはなれ、ぽすっとソファーに腰を下ろす。
 高瀬は別にかまわないのに……といった微笑みをわたしへ向け、ノートパソコンに向き直った。
 そして、カチカチというクリックの音。
 ノートパソコンに、びよよーんと有線でマウスをちゃっかりつないでいるあたり、抜け目ない。
 さすがは、ペテン師。
 ――それ、ペテン師は関係ない、というつっこみは不要デス。
 こうして真面目にディスプレーに向き合う高瀬は、後ろから見れば、そう、あくまで後ろから見れば、ちゃんとそれなりに見えるから不思議。
 それなりに、教師という感じもする。
 ……当然、認めたくないけれど。
 高瀬に届いたメールは、一体誰から、そしてどのようなものなのか……と、気にならないといえば嘘になるかもしれない。
 このインチキ教師高瀬の交友関係とやらは、キャピキャピ女子生徒のみなさんじゃないけれど、少し、そうほんの少し、気になってしまうこともないわけではない。
 こんなインチキ極悪男とつき合える、そんな奇特な人がいれば、是非とも見てみたいものだわ。
 高瀬の背をにらむように見ていると、ふいに振り向いた。
 そして、ふっと微笑み、ちょいちょいとわたしを手招きする。
 ……ん? どうして?
 首をかしげ、だけど律儀にも呼ばれるまま、また高瀬のもとまで歩み寄る。
 高瀬はまたちょいちょいと手を動かし、今度はディスプレーを指し示す。
 わたしはやっぱり、融通がきかないほど馬鹿正直に、そこへ視線を移す。
 次の瞬間、止まった。
 ぴたっと。それはそれは見事なくらい、ぴたっと。
 思考が。
 ディスプレーに開かれたメールは、なんとうちの馬鹿親、年中春女からのものだった。
 パパを追いかけ、娘をこんな極悪ペテン師に売り飛ばし、異国の地へ旅立っていった、薄情な母親からのもの。
 メールには、はじめにちょこちょこと高瀬への挨拶。
 そしてその後に、何故だかわたし宛のメッセージ。
 だったら、直接わたしに送ってきなさいよ。こんなインチキ教師なんかを経由せずに!
 と、やっぱり年中春女の不可解な行動に頭を抱えてしまう。
 ああ、もう、本当に、うちの馬鹿親ってば!
 というか、どうして高瀬のメールアドレスを知っているのよ!?
 やっぱり、世界記録ものの謎が多い女だわ、我が母親ながら。
「……ねえ、高瀬。これ、どういう意味かわかる?」
 ひくひくと頬をひきつらせ、ぽつりつぶやいていた。
 当然、わたしの目はこれ以上ないというくらいすわっている。
 高瀬はにやりと微笑み、ぐいっとわたしを抱き寄せた。
 そして、当たり前のように自分の膝の上に座らせる。
「何? 楓花はわからないのか? 頭はいいのに。これはな、すなわち――」
「大切な取引先の知り合いの息子さんだから、くれぐれも粗相のないように。もし気分でも害したら、明日から一家は路頭に迷うことになる=c…ということ?」
 高瀬の膝の上で声を殺しそう言って、ぶるぶる震える。
 ええ、それはもちろん、怒りのために。
 わたしのそんな言葉に、高瀬はやっぱりにやりと微笑み、「よくわかっているじゃないか」なんて嬉しそうに言って、わたしをきゅっと抱き締める。
 ――瞬時に悟る。
 これは間違いなく、今わたしを抱き締めている、極悪ペテン師の差し金だと。
 く、く、悔しいーっ!
 そんなものをつきつけられたら、わたし、ますます高瀬にいいようにされちゃうじゃない! されなきゃならなくなっちゃうじゃない!
 なんてこと、なんてこと、なんてことなのよー!
 まったく、よくやらかしてくれたものだわ、このインチキペテン師!
 そして、信じられない、年中春女!
 そんな内容のものを、どうして高瀬に送るのよ。
 いやいや、どうして高瀬の企みに簡単にのるのよ。
 メールはやっぱり、いや、普通、わたしに直接送ってきなさいよ。
 まるで、それを高瀬に見せつけるように送るんじゃないわよ!
 まったくもう、だからあなたは、世界記録ものの年中春女だっていうのよ!
 馬鹿ーっ!
 ……というか、これはやっぱり間違いなく、ペテン師の罠よね?
 この男、一体どこまで周到に事を運んでいるの?
 それは、悔しいけれど、永遠に解くことができない難題のような気がしてならない。
 このメールから導き出されるペテン師的答えはひとつ。決まっている。
 この男の思考から判断すれば……。
「さあってと、楓花が俺のものになったことだし、そろそろ本当にテスト問題でも作るか」
 ――やっぱり。
 本人を無視して、勝手に所有するんじゃないっ。
 高瀬は楽しそうにわたしに軽いキスをした後、ひょいっとその膝の上から下ろした。
 そして、ぐりっとまるで子供のようにわたしの頭をひとなでする。
 普段は大型の猫のくせして、こういう時はわたしを子供扱い……猫扱いするなんて、卑怯よ! むかつく!
 高瀬の背中に蹴りを一発お見舞いして、どすんと再びソファーに腰を下ろす。
 あてつけにボリュームを上げたテレビでは、詐欺のニュースが流れていた。
 そう、ペテン師にペテンなニュースをつきつける。
 高瀬もこのニュースの詐欺師のように捕まっちゃえばいいのよ!
 セクハラペテン教師!
 ばちばちと火花を散らしにらみつけている高瀬は、わたしに背を向けたまま、楽しそうにペテンなテスト問題を作りはじめた。
 ……一体、今回は、どんなペテンな問題を出してくれるのか、ある意味楽しみだわ。
 どれだけわたしの怒りを引き出してくれるかね。
 前回は、それはそれはもう――。
 そして、わたしは知っている。
 さっき、隠すようにしていた、もう一通届いていたメール。
 ママからのメールの下に少しのぞいていた、未読メールがある受信簿。
 そこに表示されていた、「Takase」という送信者名。
 それはきっと……ううん、絶対、高瀬の家から届いたものだと思う。
 高瀬はどうして、それを開けようとも、見ようともしないのか……。
 そこにひっかかるものはあったけれど、だけど聞けなかった。
 ううん、聞いちゃいけないような気がした。
 本当にそれは、わたしに知られたくない、見られたくないというように隠されていたから。
 一体、そのメールには何が書かれているの?
 こんな奴なんてどうでもいいはずなのに、そのメールが妙に気になってしまった。
 家からのメールだなんて、何か胸騒ぎがする。
 とりとめのない淋しさが襲ってくる。
 鼻歌なんか歌いながら、ペテンテスト問題を作る高瀬の後ろ姿を、わたしはやっぱりじっと見つめていた。
 高瀬の邪魔をするためにつけたニュースも、耳に入ってこないほど。
 しばらく後、気づけば、再び高瀬に歩み寄り、そしてその背にもたれるようにして眠っているわたしがいた。
 背中と背中をくっつけ、わたしのすべてをあずけるように。
 背中全部で感じた高瀬が、心地よいぬくもりを運んできていた。
 高瀬は嫌がる素振りなく、わたしを背に感じながら、ペテンテスト問題を作っていた。
 どうして、この時、ペテン師に自ら歩み寄ったのか、わからない。
 ただ、どうしてもそうしたくなってしまっただけ。
 そうしないと、高瀬が消えちゃいそうで。淋しくて。


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update:04/02/20