王様ベッド
ペテン師

 テスト初日を次の日に控えた、ある夏の日曜日。
 やっぱり、ぎらぎらと容赦なく太陽が降り注いでいる。
 そんな日の午後。
 別に今さら慌てて勉強などしなくてもいいわたしは、エアコンがよくきいたリビングでアイスを食べていた。
 今日もまた、イチゴ味のアイス。
 カップに入っている、お高めのアイス。
 果実たっぷり、ストロベリーアイス。
 わたしの好きな、アイス。
 どうして知っているのよ!?という感じだけれど、さっき高瀬がこれを買ってきた。
 そして、餌付けされてしまった。
 こんな、数百円程度のアイスごときで!
 きいっ。悔しい!
 けれど、アイスに罪はないので、おいしくいただいてあげる。
 そんなわたしの耳に、ピンポーンというインターホンの呼び出し音。
 ……誰か来たみたい。
 そう思って、呼び出しに応じようとしたけれど、時すでに遅し。
 どうやら高瀬が直接出たらしい。
 玄関で、何やら二言三言話す声。
 ふーん。どうやら、高瀬のお客みたいね。
 そう判断し、再びぽすっとソファーに腰をおろす。
 すると今度は、ざわざわと数人の男の人の声が聞こえてきた。
 もちろん、わたしはぎょっとする。
 しないわけがないでしょう!
 ちょっとちょっと、冗談じゃないわよ。
 よりにもよって、ここに高瀬の客を連れ込むんじゃないわよ。
 わたしたちが同居しているって、ばれるでしょう、ばれちゃうでしょう!
 最初から思っていたけれど、高瀬、あなた、どんなに危険なことをしているか、本当にわかっていないようね?
 世間にばれたその時は、二人とも身の破滅なのよ!?
 ねえ、わかっているの!?
 慌てて食べかけのストロベリーアイスを放り出し、リビングの扉を少しばかり開けた。
 そして、そこから廊下をのぞき込む。
 同時に、わたしの目の前を巨大な物体が通り過ぎていった。
「高瀬ーっ!」
 次の瞬間、気づけばわたしはそう怒鳴っていた。
 高瀬の姿が目に入り、なりふりかまわずその胸倉をつかみ上げる。
「何よ、これ!」
 びしっと指差したそこには、今まさに客間へと運び込まれる巨大なベッドがあった。
 キングサイズの巨大ベッド。
 ……待て。
「何って、ベッド。やっぱり二人で寝るとなると、これくらいはいるよなあ」
 などと、高瀬はしみじみのたまう。
 ――だから、待て。
 待ちやがれっ!
 誰がいつ誰と二人で寝るって!?
 あなたはもしかして、ここに恋人の一人や二人や三人や四人や五人やそれ以上、連れ込むつもりじゃないでしょうね!?
 冗談じゃないわよ!
 ここを高瀬のいかがわしい野望の巣になんてさせないわよ!
 この極エロ教師!
「ん? 何きょとんとしているんだ。決まっているだろう、俺と楓花が一緒に寝るの」
 ぎょっと高瀬を見つめていたら、楽しそうにそう言ってきた。
 そして、ひょいっとわたしを抱き上げる。
 もちろん、お姫様だっこ。とってつけてお姫様だっこ。
 ――ぶつんっ。
 当然、その瞬間、わたしの頭の血管はぶち切れた。
 しかし高瀬はそんなことにはかまわず、じたばた暴れるわたしをおさえつけるように抱き続ける。
 そうして、奴のここでの巣、客間へと歩みを進めていく。
 それに入れ違うようにベッドを運んできた業者の人と、その後ろから、いつの間にやってきていたのか、わたしを噴水端で拉致った高瀬の召使いとやらが出てきた。
 高瀬はそんな召使いとやらと目配せし、客間へ入るとばたんと扉をしめた。
 そして、当然のように鍵をかける。
 がちゃりと。
 ……だから、待ちやがれ! このインチキ教師!
 高瀬にそんな行動をとられて、この頭が切れるわたしが気づかないはずがない。
 この後に待ち受けているもの。
 想像するだけでもおぞましいもの。
 このドスケベペテン師め!
 今まさに運び込まれたばかりのキングサイズの王様ベッドに高瀬は歩みより、その上にぽすっとわたしをおろした。
 まだシーツも何もかけていない、マットをのせただけのそのベッドの上へ。
「た、高瀬! そこどいてよ。アイスを食べるんだから。まだ食べかけなのよ。とけちゃう!」
 慌ててベッドから飛び出ようとすると、ぐいっと腕をつかまれ、またそこに沈められてしまった。
 あうあう……。
 ほ、本気で冗談抜きで、かなり危険な予感が……。
「そんなことはどうでもいいよ。それより……どう? この感触。これなら快眠できそうだろう? 今までのものは、二人では小さかったからなー」
 高瀬はしみじみと言って、ぽすっとわたしの横に腰をおろした。
「ああ! そう、そうよ! 勉強、勉強しなくちゃ! 明日からテストなのよ!」
「何を今さら。ついさっき、『この楓花さまには、テスト勉強なんて必要ないのよ』とか何とか言って、リビングでくつろいでいたくせに」
 さらりとそう言った高瀬にやっぱり抱き寄せられ、そしてそのままベッドにごろん。
 いや、ダイブ。
「な? いいスプリングを使っているだろう?」
 高瀬はそう言って、マットの感触を堪能する。
 同時に、わたしにも堪能させようとする。
 ごろごろと、巨大猫……ライオンのように、マットにだかわたしにだか、どちらかわからないような頬ずりをして。
 ――ちょっと待って。これって、もう問答無用で高瀬と寝ることが決まっているということ!?
 念をおすように、こんなものまで買って。
 じょ、冗談じゃない。
 た、たしかに、この一週間、何かと理由をつけて、わたしは高瀬の腕の中で眠らされていたけれど。
 それがまた、不思議と眠れてしまえていたから、驚き。
 あまりにも、高瀬の腕の中はゆりかごみたいに気持ちがよすぎるから。
 それが、すべていけないのよ。
 さらに、わたしは高瀬に弱みを握られてしまっている。
 そう、一家が路頭に迷うという弱みを……。
 どうせこの男のこと、こねと権力と財力を、最大限活用したに違いない。
 なんて腹立たしい男なのかしら!
 こ、これでは、わたしは逆らうことができない。
 さすがにわたしだって、あんな馬鹿親でも、親を巻き込む――いや、この場合は、わたしが巻き込まれたのよね?――なんてことはできない。
 一家が路頭に迷う。それだけは、何がなんでも避けなければならない。ゆゆしきこと。
 ねえ、これってば、もしかしてもしかしなくても、わたし、人身御供にされてしまったということ!?
 冗談じゃないわよ、まったく!
 高瀬は何もしない、ただ一緒に眠るだけと、この一週間でちゃんとわかっている。
 けれど、それでもやっぱり、嫌なものは嫌なのよ。
 怖いものは怖くて、まずいものはまずいのよ。
 もうお嫁にいけないー!
 ……だけど、たしかに、このマットの感触はいい感じ。
 こねと権力と財力のうちの財力を使って手に入れたであろうことはある。
 そう思ったが最後、諦め、ちらっと視線を移した先で、高瀬は幸せそうにわたしを見つめていた。
 ふわっとわたしの髪に触れながら。
 そんな高瀬を見た瞬間、また頭にあの言葉がよぎった。
 ――楓花、好きだよ。
 わたしは、まだ高瀬に告白の返事をしていない。


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update:04/02/23