優等生なもてもて委員長
ペテン師

「はあ、やっと終わったー……」
 机にべたんと突っ伏し、わたしは心の底からそう吐き出した。
 テスト最終日。
 明日から五日間のテスト休みの後、いよいよ夏休みに入る。
 この頃になると、さすがに日差しも強く、この教室の南向きの窓からは、容赦なく太陽の光が降り注ぐ。
 こんな時期、運悪く窓際の席になんてなってしまったら、地獄。最悪。
 体中じりじり焦がされ、頭もくらくら。
 私立校で空調がきいているといっても、やっぱり窓際ではあまり意味をなさない。
 カーテンだって同様。
 どうして、学校のカーテンは、クリーム色やベージュ色というのが定番なのだろう?
 ふと、そう思う。
 そんな夏場は地獄な窓際の席でも、冬場は天国極楽に変わっちゃうのだから、不思議。
 そして、これが窓際の席の面白いところでもあると思う。
 わたしは今回の席替えでは、運良く、窓際ではなく、教室のちょうど真ん中辺りを占領できたからほくほく。
 ここなら、暑からず寒からず……なんだもの。
 ちょうどエアコンの噴き出し口の下辺りに席があたっても、地獄なのよね。寒すぎて。
 そして、テストの時は、出席番号順に座らされるのだけれど、わたしはみ=B
 だから、必然的に出席番号も後の方になる。最後から数えた方が早い。
 気の毒なことに、出席番号一番は、窓際の一番前の席と決まっている。
 ふふっ。そう、廊下側のちょうど真ん中辺りが、テストでのわたしの席。
 なので、やっぱりほどよい席。
 うん、ついている。
 わたしの高校生活、人生、ついていないと思っていたけれど、こういうところはついているみたい。
 ……複雑。
 いちばん重要なところでついていないんだもん。
 べたんと顔を置いて、机の冷たさを堪能し続ける。
 さっきまでのテストでフル回転させていた頭も、じわりと冷えていくような気がする。
 すると、ふいに頭の上から声がかかった。
 それは、決して嫌な気はしない声。
 むしろ、さわやかで好感さえ持てるかもしれない。
 どこかのペテン師は、絶対に真似ができない声。
「南川でも、テストはこたえるんだな?」
 くすくすと笑いながら、机にへたばっているわたしの顔を、浦堂がのぞき込んできた。
 そう、このクラスの学級委員長。密かに女子に人気の優等生くん。
 のっそりと顔を上げ、少し困ったように、そして非難めいたように、浦堂に視線を流す。
「浦堂くん? 当たり前じゃない。わたしだって普通の高校生よ?」
「学校一の才女なのに?」
 わたしの皮肉に、さわやかににっこり微笑んで、浦堂はすぐにそう返してきた。
 だけど、決して嫌味じゃない。
 どこかのペテン師みたいじゃない。
 さすがだわ。
 さすがは、優等生なもてもて委員長。
 なかなか侮りがたし。
「それを言うなら、浦堂くんも。主席なのに」
 ずびしっと指差し、にっこり微笑んでみる。
 すると浦堂は、あははと愛想笑いを浮かべた。
 それが、図星なだけに、当たっているだけに、どのように返せばいいのかわからないみたい。
 こういう、言葉には出さないけれど、謙遜したような振る舞いをする浦堂は、うん、やっぱりどこか好感が持てる。
 決して主張しない少し不器用そうなその振る舞いが、きっと、キャピキャピ娘さんたちの興をそそっちゃうのだろう。
 なるほど、もてるわけだ。
「……それにしても、最後の現代文、やっぱりペテンでインチキでいかさまだったわっ」
 ペンケースにシャープペンと消しゴムをしまいながら、無意識にぶつぶつそうつぶやいていた。
 無意識でもいらだたせてくれるから、あのインチキ教師はペテンだっていうのよ。
 浦堂はわたしのそんなつぶやきに、少し困ったように優しく微笑んでいる。
 これもやっぱり、どこか好感が持てるから不思議。
「まあ、高瀬先生だから仕方ないよな……」
 どこかで聞いたことがあるような台詞。
 本当、この浦堂という優等生は、物分りがよく、大人な考えの持ち主だわ。
 つくづくそう思っちゃう。
 感心、天晴れよ。
 さすがは、優等生なもてもて委員長。
 高瀬が出した現代文の問題は、まさしくペテンだった。
 普段、まともな授業なんてしていないくせに、その問題はいたってまとも。普通。
 あり得ないくらい、常識的な問題。教科書に忠実な問題。
 ……待て、待ちやがれ!
 源氏物語を現代語訳したもの、しかもその中でも濡れ場をピックアップしたものを教材に使ったり、自分の小学生の頃の作文を教材にしたりと、それはめちゃくちゃな授業をしておいて、いざテストとなるとこれ!?
 これは、詐欺よ。はっきり言って。
 ――まあ、わたしも……多分この分だと浦堂も、それでも全然困りはしないけれど。
 だって、そんなインチキ教師な高瀬にうんざりして、自習をしていたもの。
 だけど、そんなインチキ教師な高瀬のおふざけに悪乗りしていたキャピキャピ娘さんたちも、健全なのだか不健全なのだかわからない男子生徒くんたちも、テスト問題を見た瞬間、悲鳴に似た声にならない叫びを上げていたようだけれど。
 ご愁傷さま。
 あんな極悪インチキ教師を信用するから、そんな目に遭うのよ。
 本当、このお気楽極楽クラスは馬鹿ばっかり。
 やっていられないわ。
「なあ、南川、この後ひま?」
「ん? どうして? 浦堂くん」
 鞄にすべての荷物をしまいこみ席を立つと、うかがうように浦堂がそう聞いてきた。
 わたしはきょとんと首をかしげてみせる。
「あ、あのさ、文化祭のことでちょっと……」
「ああ、あれねー。そんなもの、文化委員に押しつけちゃえばいいのよ。もともと、あの人たちの仕事なのだし」
 ためらいがちな浦堂の言葉にけろりと答えると、くるりと身を翻し、急ぎ足で教室の出入り口に向かおうと足を踏み出す。
 せっかく午前中で終わったんだもの、この後、早く帰って羽を伸ばしたいじゃない?
 高瀬はまだまだ帰って来ないし、久々に開放感を味わえるというもの。
「じゃあね、浦堂くん。今度は終業式に」
 出入り口まで歩いていって、そこから浦堂にばいばいと挨拶をする。
 もちろん、とってつけたようににっこり微笑んで。
「あ……。南川、ちょっと待って……」
 浦堂は何やら慌てた様子で、今まさに廊下へ出ようとしていたわたしへ駆け寄って来る。
 駆け寄ってくる浦堂に気づき、わたしはそこで足をとめた。
 まあ、これがあのペテン師だったら、問答無用で無視してすたすたと歩き去るところだけれど。
 このさわやか少年浦堂相手だと、そんなことはできない。
 だって、かわいそうじゃない?
「どうしたの?」
 首をかしげて、浦堂の顔をのぞき込んだ時だった。
「南川さん……」
 ふいに、後ろからそう声をかけられた。
 振り返ると、そこに立っていたのは見慣れぬ男子。ううん、見たことがない男子。
 わいわいと廊下を歩いていく生徒たちを背に、そこに頼りなげに立っていた。
「あ、あの……。話があるんだけれど、これからいいかな?」
 わたしが振り返ると同時に、どぎまぎとしながら、多少どもりながらその見知らぬ男子は言ってきた。
 瞬間、いやーな予感がわたしの頭をよぎる。
 この展開は、本当にもう、ありきたり……。
 そんな展開でも仕方がないから、くるりと浦堂に振り向く。
「ごめん、浦堂くん。待てなくなった……」
 多少頬をひきつらせながらそう言ったわたしに、浦堂は複雑そうに苦笑いを浮かべていた。
 どうやら、浦堂にも、この後の展開が、手にとるようにわかるらしい。
 本当、型どおりに行動してくれたものだわ、この見知らぬ男子は。


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update:04/02/26