校舎裏の秘密
ペテン師

 さっきの、教室出入り口、突然声かけられ事件から数分後。
 わたしはこんなところにいた。
 教官棟裏。
 ここは、普段めったに人が来ないところ。
 しかも、そこのいちばん東に位置する国語科教官室辺りになると、もうまったくといっていいほど人は寄りつかない。
 わたしは、そんなところにいた。
 とてつもなく、嫌な思い出しかないそこに。因縁の場所に。
「あの……。それで話って?」
 とにかくこの場所から去りたくて、早速そう切り出した。
 もちろん、半分以上はこの場所がめちゃめちゃ問題がある場所だから。
 こんなところ、一秒だっていたくない。
 さっきから、この男子、今わたしの目の前にいる男子、人をこんなところに呼び出しておいて、まったく話をはじめようとしない。
 もじもじと恥ずかしそうに体をよじらせるだけ。
 ああ、もう、本当、早くして!
 男ならもっとしゃきっとしてよ、しゃきっと。
 そして、きめる時はきめる!
 じゃないと、うまくいくものもいかなくなるわよ!?
 あなたがこれからしようとしていることなんて、百人中百人がどんぴしゃりで当てちゃえるようなものなのだから。
 とてつもない勇気がいるだろうことはわかるけれど、わたし、こういう情けない男がいちばん嫌い。
 男なら、多少強引にでも女を引っ張っていけるだけの甲斐性がなくちゃ。器がなくちゃ。
 女ってものはね、少なからずそういう男に弱かったりするのよ?
 ――まあ、これはあくまでわたしの持論だけれど。
 そう、たとえば、わがクラスの学級委員長だとか、横暴ペテン担任の高瀬だとか……。
 まあ、あいつは、めちゃめちゃに問題ありだけれど。
 しかし、統率力はある。
 それだけは、癪だけれど認めてあげる。
 めちゃめちゃに腹立たしいけれど。むかつくけれど。
 こんな自分の言いたいこともなかなか言えない情けない男なんかよりは、まだましね。
 やっぱり、ことごとく、どうにも納得がいかないけれど。思わず、あんな奴を引き合いに出してしまったことが。
 いかにも早く話を聞いてここから去りたいと落ち着きなくしているわたしに、目の前の男子も気づいたのか、少し傷ついたようにわたしを見てきた。
 しかも、訴えるように。
 ……ああ、もうっ。やっぱりこういう男って嫌いだわ。
 あなたがわたしを呼び出したその時点で、わたしはちゃんと気づいていたわよ。
 それでつき合っているのだから、本当もう、さっさとしてよ!
 わたしの答えは、言うことは決まっているのだから。
 何よりも、こんなところに呼び出したことが、むかつくのよね。腹立たしいのよね。どうして、よりにもよってここなのよ。
 とにかく、早くここから立ち去りたいのよ、わたしは。
 なかなか話を切り出さない男子にいらいらを募らせていくと、多少慌てて、まるでわたしに急かされてという感じに、ようやく口を開いた。
「あ、あの、その……。俺、ずっと南川さんのことが好きだったんだ。――その……つきあって欲しい」
 潤んだ瞳で、途切れ途切れにもたらされた告白の言葉。
 あなたは、はじめて告白をする可憐な乙女ですか。
 申し訳ないけれど、わたしは頼れる人がいいの。
 しかしまあ、ここであからさまに嫌だなんて顔をしては失礼だろう。うん、きっと。
 ――あ、なんか、こんな考え自体が失礼とか、どこからか聞こえてきそうね。
 でも、本当、だめなのよ。
 何故だかわからないけれど、わたし、こういう男に好かれるたちみたい。
 そう、あの、世界でいちばんうっとうしい男、高瀬といい。
 まあ、あいつは違う意味でのうっとうしさだけれど。
「ごめんなさい。わたし、今は誰ともつき合う気がないから。だから……」
「あ、うん。わ、わかった」
 待て。
 そこでわからないでよ。
 人の話を最後まできかないばかりか、途中で切って自己完結?
 ……やっぱり、なんだか腹が立つ。
 勝手に自己完結したかと思うと、やっぱり泣き出しそうな顔をして、わたしを一人残し、逃げるようにさっさと去っていった。
 だから……待て。
 本当、情けない男ね。
 いかにもかわいそうな男ぶって、そこで逃げないでよ。
 だからふられるのよ。
 ……あ、ふったのはわたしか。
 そんなわたしが嫌いとする人種に属する情けない男の姿が視界から完全に消えると、ふうと大きなため息をもらしていた。
 ――疲れた。
 まったく、本当に好きなら、もう少し食い下がるとか何とかしてみなさいよ。
 もう少し、男らしいところを見せてよ。
 その程度で告白なんてしてこないでよ。
 一度や二度ふられても、めげずにチャレンジしてくる、そんな男だったら……。
 そんな人が本当にいたら、わたし……。
 男なら、それくらいの根性を見せてよ。
 好きでもない人から告白されたって、全然嬉しくない。
 ただ、辛いだけ。
 ――どこか冷めた奴。
 そう言われたことは何度もある。
 だけど、それはまわりが勝手にそう言っているだけ。
 そして、そのような態度をとらせるまわりにも、非がないとは言わせない。
 昔から、頭が人より少し切れるというだけで、まるで腫れ物に触るように扱ってきたのはまわりじゃない。
 そう、入学式の時だって……。
 入学式当日。
 高熱で倒れた浦堂に代わってした新入生代表の挨拶。
 保健室に運ばれた浦堂は、申し訳なさそうにわたしに謝ってきた。
 ごめんと。迷惑かけると。
 初対面のわたしに、なんともフランクな言いだった。
 だけど、それでもわたしは許せた。
 むしろ、これまでのまわりの人たちとは違うそれに好感が持てた。
 そして、はじめて他人をすごいと、この人なら認めてもいいと思った。
 だって、熱があるのに、それでも無理して学校に来たっていうから。
 それで倒れちゃったら意味ないじゃないとか思わないこともないけれど、自分の責任を果たそうとした浦堂。
 わたしは、そこに感心していた。
 遂行できるかどうかは別として、責任感の強さにかるく圧倒された。
 だからわたしは、気づけば言っていた。
「心配しないで。わたしが代わりにしておくから……。でも、あまり期待しないでね?」
 本当は、そんな面倒なことなんてしたくなかったのに。
 それは、突然担任に呼び出されて告げられたことだった。
 どうやらわたしは、次席だったみたい。
 それ以来、浦堂とはよく話をするようになっていた。
 そして、二年に進級した今年、同じクラスになった。
 そんな裏の事情を知らないこの学校の生徒たちは、みんなわたしを腫れ物に触るような扱いをしている。
 代表の挨拶をしたものだから、女だてらに主席入学だって。
 そして、いただいた。学校一の才女≠ニいう二つ名を。
 そんなの、本当は欲しかったわけじゃないのに。
 それが、今のわたしを形作るすべて。
 わたし、そんなに冷めた奴ではないと自分では思っているのだけれど、実際はどうなのかな?
 そう思って、ちょっぴりしんみりして、胸の辺りが寒くなった時だった。
「お前さあ、そうして最初から男を寄せつけないんじゃなくて、一度くらいは向き合って話をしてみてもいいんじゃないか?」
 そんな言葉がわたしに投げかけられた。
 頭上から。
 この上なく癪に障る声で。
 ……ちょーっと待って?
 ここは、とってつけたように国語科教官室裏。
 因縁の国語科教官室裏。
 そして、そこの住人といえば――。
 ぐるんと勢いよく振り返り、そしてぎろりとにらみつけてやった。
 振り返ったそこにいる、教官室の窓から少し呆れたような顔を出す高瀬を。インチキ教師を!
 こ、こ、この男は、もしかしてもしかしなくても、聞いていたの!?
 というか、そんなのあり!?
 わたし、ここに来た時にちゃんとたしかめたのよ、ちゃんと!
 窓は全部閉まっているか、中に人はいないかって。
 なのになのになのに、どうしてここにこの男がいるわけ!?
 とってつけたように、極悪インチキ教師、高瀬が!
 し、信じられない。
 もしかしてこいつ、この男、どこかに隠れて、盗み聞きをしていたとか!?
「まあ、いいけれどね」
 高瀬はそう言って、窓からひょいっと身を乗り出し、わたしの腕をとり自分の方へぐいっと引き寄せる。
 そして、わたしに当たり前のようにキスを落とす。
 ぶつん。
 当然のように、わたしの頭の血管は切れるわけで……。
「こんのペテン師!!」
 瞬間、ぶんとわたしの右手が振り上げられる。
 もちろん、このドスケベペテン師に制裁を加えるべく。
 しかし、刹那、その右手は高瀬にがしっと握られてしまった。阻止されてしまった。
 同時にわたしの体はゆらぎ、またしてもいつものように高瀬の胸へダイブ。
 ふわりと香る、薔薇の甘い香り。
 もういい加減にしてください、本当……。インチキ先生。
 高瀬はわたしをきゅっと抱きしめる。そしてやっぱり甘い香りに包まれる。
 あたたかな吐息とともに、耳元でささやかれた。
「ああ、そうだよ」
 なんてさらりと。
 そんなにあっさり認めないでよ。
 うっとうしいはずなのに、何故だか嫌じゃない。
 そういえば高瀬は、いくら返り討ちにあわせようと、めげずにわたしに「好きだ」と言ってくる。
 うっとうしいくらい、恥ずかしいくらい。
 甘く――。
 さっき高瀬が言った言葉は、わたしの胸にずしんと重くのしかかっている。


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update:04/02/29