夏と太陽のお姫様だっこ
ペテン師

 ぎらぎらの太陽。
 この太陽は、いつかのように、じりじりとわたしを焦がす。
 夏休みに入って最初の日。
 わたしはここにいる。
 真夏の太陽が照りつける午前、家の庭に。
 ――何故って?
 それはね、高瀬が持ち込んだ俺様……じゃなかった、王様ベッドのシーツやカバーを洗って干しているから。
 なのに高瀬は、自分のベッドのもののくせに、「面倒くさい」とか何とか言って、ぽかぽか陽気のもと昼寝ならぬ朝寝。
 まあ、ぽかぽか陽気というのも、語弊があるかもしれないけれど。
 こんな灼熱地獄の中、よくうたた寝なんてできるものだわ。
 信じられない。その図太すぎる神経、そして精神。
 さすがは、謎の男高瀬昂弥、二十六歳。インチキ教師!
 庭においてあるウッドベンチの上で、「うん、やっぱり同棲はいいよな。こうして見ていると、楓花が新妻みたい。もちろん、俺のお嫁さん」とかふざけたことをぬかし、わたしがシーツを干すのを見ていたくせに、気づけば寝ちゃっている。
 まったく、この男は。お気楽極楽なのだから。
 そんな高瀬が、この炎天下で、熱射病になろうが日射病になろうが、わたしには関係ない。どうでもいいこと。
 だから無視。
 さっさと無視。
 さらっと無視。
 起こすなんてそんな優しいことはしてやらない。
 当然、シーツを干し終わったわたしは、さっさと家の中へ入ることにした。
 ちらっと寝ている高瀬を盗み見て。
 少し……ほんの少しだけ、後ろ髪をひかれる思いはするけれど。うしろめたいけれど。
 だけど、普段の高瀬の俺様極悪ぶりを考えたら、これくらいの仕打ち、当然。
 がらがらとガラス扉を開け、冷房がきいたリビングへ足を踏み入れようとする。
 その時、後ろからふいに叫び声が聞こえてきた。
「楓花、扉閉めて!」
「え?」
 あまりにも切羽詰ったような叫び声だったから、わたしは反射的に扉を閉めていた。
 すると次の瞬間、ばしゃんという音がした。
 そして、ぼたぼたぼたーと、わたしから滴り落ちる、水。水、水、水ー!
 一瞬のできごとに、わたしは呆然とその場に立ちつくす。
 ……またしても、寝たふりだったな、このたぬきっ。
「たーかーせー!」
 気づいた時には、高瀬へ突進していた。
 そして、高瀬のもとまでやってくると、そのみぞおちにクリティカルヒット!
 当然、わたしの拳が。
「あなた、何を考えているのよ! 何よこれ!」
 鉄拳をお見舞いした後、ぐいっとその胸倉をつかみ上げてやった。
 もちろん、これでもかというほどのにらみを添えて。
「どう? 気持ちいいだろう?」
 憤るわたしになんてかまわず、高瀬はにこにこと愉しそうに微笑む。
 さっき食らわしてやった拳など、まったくきいていないかのようにさわやかに笑っている。
 つかみ上げた胸の横では、じょぼじょぼじょぼと、ホースからあふれ出てくる水。
 陽の光を受けて、きらきら光っている。
 ああ、もう、失せる。やる気がっ。
「じゃあ……高瀬も気持ちよくしてあげる」
 ぱっと高瀬の胸から手をはなし、にっこり微笑んであげる。
 そして、そのままホースを持つ高瀬の右手をつかみ、水があふれるホースの先を高瀬の顔めがけてロックオン!
 じゃばじゃばじゃばーと、勢いよく高瀬の顔にミラクルヒット。水の鉄砲が。
 すると今度は高瀬が、逆にホースを持つわたしの手を取り、ぐいっと退ける。
 高瀬がそらしたホースから流れ出る水は、勢いよく芝生に落ちていく。
 そうして、攻防戦が何度となく繰り返される。
 ぎらぎらの太陽の光を受け、きらきらと輝く水が舞う中、まるで子供のようにはしゃいでいた。
 気づけばわたしまでも。高瀬につられて。
 だけど、それは少し……そう、ほんの少し楽しかったかもしれない。
 久々に馬鹿なことをしたから。
 久々に子供の頃のようにはしゃいだから。
 まったく、このペテン師にかかると、本当調子が狂わされっぱなし。
「もう、高瀬! ふざけないでよ! せっかく干したシーツがまた濡れちゃうじゃない!」
「大丈夫。替えくらいいくらでもあるから」
 まったく……。そういう問題じゃないのに。
 ホースからあふれ出て飛び散る水の向こうで、高瀬は楽しそうに笑う。
 びしょびしょでたたずむわたしの前で、これまたびしょびしょの高瀬が、気持ちよさそうに頭から水をかぶり出した。
 ホースの水を浴びるように、太陽を仰ぐように、きらきらと水滴を飛び散らせる。
 ……本当、馬鹿なのだから。
 もっと馬鹿なのは、きっとわたし。
 だって、そんなきらきらな高瀬を、きれい……とか思ってぼんやり見ていたのだから。
 諦めたようにため息をもらし、そこに立ち。
 そんなわたしがこの上なく不思議。
 でももう、高瀬の馬鹿をとめようとはしない。
 逆に、その光景をもっと見ていたいと思ってしまう。
 水を頭からかぶり、子供のようにはしゃぐ高瀬がかわいく思えた。
 ううん、格好いい……色っぽいとか思ってしまった。
 そうして、わたしは高瀬を見る。見つめている。
 わたしはもう、取り返しがつかないところまできてしまったのかもしれない。
 ぼんやり高瀬を見ていると、高瀬は急に大人しくなったわたしに気づき、怪訝そうに見つめてきた。
 じゃばじゃばと水があふれるホースを、高瀬はぽいっと放り捨てる。
 そして、多少慌てたようにわたしへ駆け寄ってくる。
「楓花? どうした? 何かあったのか?」
 高瀬は当たり前のようにわたしを抱き寄せ、濡れたその手でわたしの頬を包むように触れる。
 だからわたしはすいっと高瀬から視線をそらし、ただ横にふるふると首をふるだけ。
 だって、言えないもの。本当のことは。
 間違っても言えない。
 楽しそうな高瀬に見とれていた……なんて、そんなこと。
 そんなことを言っては、高瀬を調子づかせるとわかっているから。
 でも……きっと、そんなこと、高瀬にはばればれなのかもしれない。
 だって、そらしたわたしの顔は、真っ赤に染まっているもの。
 この間見た、高瀬の家の薔薇のように。
「くすっ。やっぱり楓花はいいなー。もう好きで好きでたまらない。愛があふれそうだよ」
「はいーっ!?」
 あまりにも甘すぎる、そして気障すぎる、さらには血迷いさえも感じるその言葉に、わたしは思わず高瀬を凝視していた。
 そんなすっとんきょうな声をもらす。
 すると高瀬は、にやりと微笑む。ペテン師の微笑みで。
 く……っ。や、やられたっ。
 はかられたわ!
「うん、やっぱり、楓花はいい」
 またそんな訳がわからないことを繰り返し、高瀬はすりすりとその濡れた頬をわたしの頬にすり寄せてくる。
 もうお決まりのパターン。
 インチキ先生、ご乱行。いやいや、猫化。
 高瀬はごろごろと頬をすり寄せてきつつ、わたしの耳もとでそっとささやく。
 当然、極上に甘く。
「シャワーを浴びて、昼飯にしよう」
 その言葉に、抗うことを忘れて、わたしはこくんとうなずいていた。
 ……やっぱり、もう駄目かもしれない。
 酔わされる。
 夏の水には当たり前のカルキ臭さまでかき消すような、高瀬から香る、濡れた薔薇の甘い香りに。
 うなずくと同時に、わたしの体はふわりと宙に浮いていた。
 当然、そんな時はとってつけたように、高瀬にお姫様だっこをされている。
 半分呆れたように、腕の中からじとりと高瀬をにらみつけてやる。
 すると高瀬はまたにっこり微笑み、こう言うの。
 ペテン師の微笑みで、とんでもなくふざけたことを。
「一緒に、浴びる?」
 ごいーん。
 その瞬間、当然だけれど、そんな鈍い音が響いた。
 わたしの拳が、高瀬の脳天にお見舞いされた音。
 それでも、高瀬は痛がる素振りすらなく、くすくすくすと楽しそうに笑って、わたしを家の中へさらっていくから、たちが悪い。
 そして、不思議。
 拳をお見舞いしただけで、肯定も否定もしないわたしが。
 一緒にくすくすとたち悪く笑っているわたしが。
 大人しく高瀬にさらわれてあげるわたしが。


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update:04/03/28