いじわるなあまいキス
ペテン師

 ――協力……しようか?


 目を見開き、不思議そうにわたしを見つめる高瀬。
 でも、どこか嬉しそうでもあった。
 それは、きっと、わたしの申し出があったから。
 だって高瀬、今とても困ったように、不安げな眼差しをわたしに向けているもの。
 そして、俺はどうすればいいのかと、そう目で訴えている。
 もとより、わたしに協力なんてさせる気はないけれど、だけど……。
 でも、わたしの言葉は嬉しくて。嬉しすぎて。
 そう、言っている。その目で、その光で。
 わたしを映す、高瀬の瞳が。
 わたしは知らず知らず高瀬に抱きついていた。
 いまだ押し倒すようにわたしの下敷きになっている高瀬。
 薔薇の香りがする、頼りなく見えて意外とたくましい高瀬の胸。
 そこにぐっと顔をおしつける。
 放したくないと、わたしのものだと。
 ……嫌だ。
 誰にもわたしたくない。
 高瀬のぬくもりはわたしのものなのだから。
 このぬくもりを、他の誰かが手に入れるなんて、そんなのは許さない。
 わたしだけのもの。わたしだけのものじゃなきゃいやだ。
 いつの間にか、そう思うわたしがいる。
 自分でもわからない独占欲のようなもので、わたしの心は真っ黒く染まっていく。
 どろどろとした感情に支配される。
 悲しい。苦しい。切ない。
 胸が悲鳴を上げる。
 知らなかった。
 わたしに、こんな醜い、汚い感情があったなんて。思いがあったなんて。それも、こんなインチキペテン師相手に。
 高瀬と出会うまで、ううん、高瀬がペテンな罠を仕掛けてくるまで知らなかった。
 高瀬がわたしの唇を当たり前のように奪うようになるまで知らなかった。
 こうして、一緒に暮らすまで……。
 こんな感情、知らない。
 これって、もしかして、インチキ教師にまんまとペテンにかけられてしまったということ?
「楓花、泣いているのか?」
 ぐりっと胸に顔をおしつけると、高瀬はわたしをぎゅっと抱きしめた。
 そして、わたしを支えるように包むように、上体を起こす。
 それはもう本当、嫌味なくらい自然でスマートに。
 ……むかつく。
 つまりは、起き上がろうと思えば、いつでも簡単に起き上がれたということじゃない。
 高瀬は体を起こしてもなお、ぎゅっとわたしを抱きしめていた。
 わたしの顔は、高瀬の胸にうずまったまま。
 高瀬の手が、優しくわたしの髪をなでていく。
 ふわりと優しいキスを髪に落とす。
 当然香る、甘い薔薇の香り。
 いつの間にか流れていたわたしの涙は、高瀬の胸をぬらしていく。高瀬の胸にわたしの染みがつく。
 とめようと思えば思うほど、涙はあふれてきてしまう。
 自分では、もうどうしようもなくなってしまった。
 自分でも、わからない。
 どうしてこの時、泣いてしまったのか。
 ただ、勝手に涙が流れていた。
 苦しくて、苦しくて、苦しすぎて。
 さっき口をついたあの言葉とともに。
 今わたしの心を支配しているこの醜い感情とともに。
「……ありがとう」
 胸で泣き続けるわたしに、高瀬はそんな意外な言葉を優しくささやいた。
 ……ううん、ちっとも意外じゃない。
 高瀬はくいっとわたしの顔を上げ、当たり前のようにキスを落としてくる。
 苦しいくらい強く唇を押し当てられ、とても熱いキスをされる。
 わたしも抗うことなく、それを受け入れる。
 もう、自分で自分がわからない。
 くらくらする、高瀬に。高瀬の熱いキスに。
 やっぱり、麻薬キスだ。
 このキスを、わたしは、もっともっとと求めていたのかもしれない。
 麻薬だから、高瀬のキスは麻薬だから。
 ようやく高瀬の唇がわたしからはなれると、再びその胸にぽすっと顔をうずめられた。
 高瀬はわたしを、優しく包み込むようにぎゅっと抱きしめる。
 顔が触れたそこでは、すごい勢いで鼓動を打つ高瀬の胸の音が聞こえる。
 その音を聞いてしまうと、心のどこかで、もうはなれたくない、はなしたくないと思った。
 そうして、次第に意識が薄れていく。
 自分の欲望に正直なライオンの胸の中で。


 その後、高瀬の胸の中で、泣きながら眠りに落ちていたわたしは知らない。
 わたしが眠ると同時にリビングに現れた原黒さんが、こんなことを高瀬に言っていたことなど。
 しかも、この上なく呆れた顔で。
「わざと……ですね? 利用しましたね? あの話を。インチキなメモを使って」
 原黒さんの言葉を受け、わたしを抱きながら高瀬はにやりと微笑む。
 当然、と――。
 そんな高瀬をやっぱり呆れたように見て、大きなため息をもらす原黒さんも、この時のわたしは当然知るよしもない。


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update:04/04/07