おなかをすかせたライオン
ペテン師

「楓花、例のことだけれど、あさっての日曜、つき合うよな?」
 ぺろぺろと、ストロベリー味のアイスをなめるわたし。
 もちろん、エアコンがよくきいたリビングで。
 そよそよと噴き出し口から出る風をちょうど受けて気持ちいい。
 この熱い中、灼熱地獄の中、わざわざ外出をしたがる人の気がしれない。
 こういう時は、家にとじこもっているに限る。
 ……ああ、だからわたしはインドア派とか言われるのか。
 くう。なんだか、何故だか、何となく悔しい。
 だから、そうじゃなくて。
 今、高瀬が言った言葉。
 つき合うよなという言葉。
 有無を言わせぬ、もう決まっているように、当たり前に言われた言葉。
 あまいあまい、だけどどこかすっぱいストロベリーアイスに夢中のわたしが、さらっと流した言葉。
 さらっと流さなきゃならない言葉。
 よって、今は耳、お留守。
 もしくは、ざる。
 ……といきたいところだけれど、仕方がないなあ。
「例のこと? 何? それ」
 そうは思っても、ひとまずはとぼけてみせる。
 だって、嬉しそうに当たり前のように言ってくる高瀬のその態度が、妙にむかつくから。
 すでにわたしは高瀬のものだと言われているみたいで。
 だから素直に返事などしたくない。
 高瀬のくせして、わたしの至福の時を邪魔しやがって。
 まあ、それ以前に、わたしのこの天邪鬼な心が、素直じゃなくさせているのだけれど。
「楓花、この前言っただろう? しつこい女を完全に切る協力をすると。まさか、忘れたとは言わせないからな」
 責めるようにわたしを見つめ、高瀬はやっぱり当然のようにわたしの横に腰かける。
 その瞬間、ソファーが深く沈みこみ、ずるりとわたしの体が高瀬へと傾いた。
 まったく……。
 もう当たり前になりすぎているけれど、高瀬はそのままわたしの肩を抱く。
 そんな高瀬の行動など気にもとめていないと、ぺろぺろとストロベリーアイスをなめ続けるわたし。
 そう振る舞う。
 心臓はばくばくいっているけれど、それには気づいていないふりをする。
 自らの心に蓋をする。
「え? そんなこと言ったっけ?」
 やっぱり、そうとぼけてみせる。
 ……どうにも素直になれない。
 今思うと、わたし、何かとんでもないことを口にしてしまったような気がするなあ。
 ――高瀬にまとわりつく女を切る協力をする。
 などとそんなこと、傍から聞くと、わたしって悪女!? 性悪女!?
 い、いやだ。よりにもよって、こんな奴のためにそんなニつ名をいただくのは。
 学校一の才女というだけでも嫌なのに、それに加えて性悪女。
 うわあっ。どこからどう聞いても最悪じゃない。人聞きが悪すぎる。
 再び無視を決め込み、やっぱりぺろぺろとおいしくアイスをなめ続ける。
 うん、決めた。ここは徹底的にとぼけきって、あれはなかったことにしてしまおう。
 それがいい、絶対。
「楓花……。とぼけると、怖いよ?」
 そんなわたしの思惑など百も承知なのか、高瀬はすごんだようにそう言いながら、険しい顔でわたしを見つめてきた。
 ……うっ。
 それはつまり、とって食うということ?
 まさしく、ライオンのように。
 そしてわたしは、ターゲットにされたシマウマ!?
 などと、いつもなら怖気づきそうになるところだけれど、今日は何がなんでも耐え抜かなければならない。
 かちーんと体をかたまらせ、耐え切るかまえに入る。
 すると高瀬は、この極悪ペテン師は、アイスを持つわたしの手をぐいっと自分へ引き寄せた。
 そしてそのまま、かぷっとなめかけアイスをひとかじり。
 ぱっくりと、高瀬がかじった分だけ、アイスがまるくえぐれる。
「な、なんてことをするのよ! 馬鹿高瀬!」
 そう叫んだ瞬間、ふさがれていた。その口を。
 そして……。
「ん、んん、んんんーっ!」
 言葉にならない叫びを上げるわたし。
 一瞬、あまいストロベリーの味に、くらっと気が遠くなりそうだったけれど。
 それよりも何よりも、このわたしの口に強引におしつけてくるものが問題、今は!
 インチキエロエロ教師は、じたばたもがくわたしにはおかまいなし。
 そのままわたしの手から、するりとアイスを奪い取る。
 当然、嫌味なくらいスマートに。
 そして、そのアイスをローテーブルの上に放り投げた。
 べちゃっと、アイスがぶさいくにつぶれる。
 くうっ、もう食べられないじゃないか、わたしの大好きなストロベリーアイス!
 じゃなくて、今はそうじゃなくて……。
 いつまでたってもふさがれたままのこの口を何とかしなければ……!
 もがきにもがくけれど、高瀬の力は強くて、そのままソファーに押し倒される。
 そして、ようやく口が解放された。
 ぷふぁあと盛大に息を吐く。
 く、苦しかった。本気で。
 ……まったく、これじゃあ、色気もしゃれ気もないじゃない。
 だからといって別に、今はそんなものは必要ないけれど、一応。
「た、た、高瀬……!」
 ソファーにうずめられ、そこから高瀬をにらみ上げる。
 高瀬はそんなわたしを鼻で笑うように見下ろしている。
 少し不機嫌に。
「だから、とぼけると怖いと言っただろう? 何? まだとぼけるつもり? それなら……」
 危険に目をすわらせた高瀬の顔がまた近づいてくる。
 やっぱりわたしは、高瀬の腕の中、じたばたもがく。
 無駄だとわかっていても、もがかずにはいられない。
 大人しくしていたら、問答無用でやられるから。
「わあっ! 待った待った! ごめん、もうやめるから。だからそれはや――」
 言い切らないうちに、またやられた。
 だけど、今度は優しく、ふわっと触れる程度に。
 キスが降ってくる。
 そして、高瀬はわたしの耳に口を近づけ、ふふっと嬉しそうに笑った。
 さっきの不機嫌な顔など嘘のように。
 ――むきー。は、はめられたっ。
 というか、卑怯よ。こんな手を使うなんて!
「それでこそ楓花だよ。――それよりも、腹がすいているんだよな。だから、もっと……」
 そう息をふきかけながら、高瀬はかぷっとわたしの耳を甘噛みした。
 それから、するりとそれをずらしてきて、今度はわたしの唇を襲う。
 そうして、高瀬はやっぱり、満足がいくまでわたしを堪能する。
 「やめろっ」と言うと、「おなかがいっぱいになるまでだめ」と甘くささやき、やめる様子はない。
 とても楽しそうに、極上の笑みをわたしに落とす。
 まったく、このライオンは、おなかをすかせた時が、最もたちが悪いみたい。
 そして、大人しくおいしくいただかれているシマウマも、どうかと思う。
 わたしはやっぱり、こうしてずるずると高瀬に流されるのかな? 流され続けるのかな?
 それは、どこまで?


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update:04/04/13