ペテンな家庭事情
ペテン師

 おいしくいただかれはじめて、十分。
 ようやく高瀬のキス攻撃から解放された。
 そして、わたしは何故だか素直に、高瀬の膝の上、胸の中で抱かれていたりする。抱きしめられていたりする。
 だから、どうして!?
 そんなことはもう、考えるだけ無駄なような気がする。
 何しろ、この男には理由などという高度なものは存在していないのだから。必要ないのだから。
 野生の本能のままに生きるライオンだもん。
 完全に観念してしまったシマウマは、むっつりとライオンの膝の上に座っている。
 やっぱり、大人しく。
 そして、むっつりのその顔のまま、つんとすましてみせる。
 だけど、むっつりだから、すましたって、全然すましたふうには見えない。
「仕様がないわね。じゃあ、フランス料理フルコースで手をうってあげる。もちろん、超高級レストランじゃなきゃだめだからね!」
 頬をぷくうとふくらませすねて、やっぱりむっつりとそう言い放つ。
 そんなシマウマを、ライオンはくすくすと笑い、さらにきゅっと抱きしめる。
 かわいいと、嬉しそうにささやきながら。
「楓花、それはつまり……?」
 そして、わかっているくせに、ライオンはわざと首をかしげてみせる。
 このライオンは、本当にたちが悪い。
 ライオンのくせして、ペテンの腕前は一級品のよう。
 むかつくわねっ。
 でも、シマウマも負けてはいない。
「ええ、もちろん取り引きよ。あなたの計画にのって、あなたの恋人のふりをしてあげる」
 高瀬から告げられた、例の女を切るための計画にのってあげる。
 本当はそんなまどろっこしいことじゃなくて、もっと簡単に切る方法がいいけれど。
 でも、それはやっぱり無理みたい。
 だって相手は、良家のご令嬢。
 そう無下にはできない。
 だから、恋人がいるとたばかって、遠まわしにきっちりさようなら。
 そんなどこにでもありふれた計画を高瀬は練っていた。
 ありふれた、ペテンの技。
 さすがはペテン師。
 まったく、それは、ただたんに高瀬が楽しみたいだけじゃないの!?
 などということは言わないけれど。
 でも、そこはかとなく、いや、ひしひしと、そう思えてならないから恐ろしい。
 だって、恋人のふり、それを口実に、本当の恋人みたいなことをせまってくるかもしれない。
 そんな不安がわたしの心をよぎる。
 いつもの高瀬の行動から、そう思わずにはいられない。
 今だってこの男、わたしが大人しいのをいいことに、好き放題、あちこち触りまくりやがっているんだもん。
 しかも、優しく。労わるように。なでるように。
 高瀬が触れるあちらこちらが、嫌じゃない、気持ちいいから抵抗はしないでおいてあげるけれど。今は。
 それに、いくら高瀬でも、これ以上は無理強いをしないと思う。
 今でも十分すぎるくらい無理強いをされているから。
「……オーケー。善処するよ」
「善処じゃだめ。約束」
 少しあきれたふうに言ってくる高瀬に、わたしはやっぱりむっつりと、けれどきっぱり言い放つ。
 高瀬が触れるあちらこちらに心地よさを感じているなんて、みじんも見せずに。
 すると高瀬は、ぐいっとわたしの顔を引き寄せて、にやりと微笑む。
 今にも触れてしまいそうなその距離。
「そのかわり、ちゃんと働いてもらうからな」
 思わずごくりとつばを飲み込んでしまいそうなそんな不気味さを秘めて、高瀬はそうささやいた。
 そして、ぱっとわたしの顔から手をはなす。
 どっくんどっくんどっくん。
 これまででいちばんというくらい、わたしの心臓は叫びを上げていた。
 お、恐ろしい、こいつ、この男っ。
 これで失敗でもした日には、わたしは本当に冗談抜きで、高瀬のお腹の中におさめられちゃったりするの?
 そんな恐怖が、ささーっと駆け抜けていった。
 でも、それを悟られるわけにはいかない。
 だって、悔しいじゃない。
 それはまるで、わたしが高瀬に負けたみたいだから。
 それだけは嫌だもん。高瀬に負けるということだけは嫌だもん。
 それじゃあまるで、犯罪を肯定するみたいじゃない。
 だって高瀬はペテン師なのだから。
 息をのみ、そして平静を装う。
 もういっぱいいっぱいだけれど。
「ねえ、これって……やっぱり、高瀬のお父さんとかが無理にすすめている話?」
 じっと高瀬を見つめてそう聞いていた。
 これは、 あのメモを目にした時から、実はずっと気になっていたこと。
 そして、今ならわかる。
 高瀬の家から届いたあのメールも、薔薇の東屋で高瀬がわたしに隠したあのメモも、きっとこれに関係したものだったのだと。
 だから、高瀬はわたしに隠していたのだって。
 胸からメモを奪った時の高瀬の動揺ぶりが、何よりもそれを物語っている。
 それを、肯定している。
 わたしのそんな問いかけに、高瀬は困ったように肩をすくめる。
 そうじゃないんだよと。
「違うよ。あの人には発言権はないに等しい」
「へ? どうして?」
 高瀬の意外なその言葉に、わたしは思わずまじまじと見つめていた。
 高瀬の胸の辺りのシャツをきゅっと握る。
 相変わらず、わたしは高瀬の膝の上。
「婿養子だから」
 じっと見つめるわたしに、高瀬はこともなげにさらっとそんなことを言う。
「それに、これは先方が一方的にしつこく迫ってきているだけ。一度は正式に人を通して断った話なのに。……だから、しつこいと言っているんだよ。――それから、うちの両親は自分たちもそうであったように、俺には家のために……などとそんなことは望んでいない。好きな女性と一緒になればいいと言っている。くだけた人だからね、あの人たちは」
「ふーん」
 ……さようで。
 と、妙に感心してしまった。
 そしてやっぱり、高瀬をじっと見つめる。
 高瀬のお父さんが婿養子。
 その事実にはちょっと驚かされたけれど、高瀬の両親の話を聞けて、何だか心が軽くなったような気がする。
 そして、ちょっといい話っぽいなーと思ってしまったりする。
 高瀬の両親は、いい人たちなのね、きっと。高瀬と違って。
 好きな女性と――。
 その高瀬の特別な人に、一体誰が選ばれるのだろう?
 高瀬の隣に並んで立つ、その人は、誰……?
 その思いがよぎった瞬間、胸の辺りがすうっと冷たさを感じた。
 凍えそうなくらいに寒さを覚える。
 そんなわたしなどおかまいなしに、高瀬はやっぱり、にやりと極悪に微笑む。
 くいっとわたしの顔を自分の顔へ引き寄せる。
「だ・か・ら、俺は楓花と決めているわけ。逃がさないから」
 ……ほえ?
「はあ!?」
 しばらくの思考停止の後、わたしはすっとんきょうな声をあげ、すっとんきょうな顔で高瀬を凝視していた。
 そ、そ、それって、つまり!?
「ずっと一緒にいて、ずっと仲良くしような。楓花」
 高瀬はにっこり微笑み、当たり前のようにまたわたしの唇を奪う。
 ちゅっと音を鳴らせて。
 ――嗚呼、もう何も考えられない。
 というか、わたしのさっきの煩いは、一体何だったのでしょう?
 あ、頭が、痛い。
 高瀬のそんなたわけた発言に、「ふざけるな!」と即座に鉄槌をお見舞いできなくなっていた。
 いつの間にか。


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update:04/04/16