お買い得男の特別
ペテン師

「楓花、買い物へ行くぞ」
 二日前のストロベリーアイス惨殺事件の罪滅ぼしに、高瀬が大量にストロベリー味のアイスをわたしに貢いできた。
 あの後、恨みがましく、あまつさえ涙目で高瀬に抗議したため。
「わたしのストロベリーアイスが、ストロベリーアイスが……」
 そう何度となく、とめどなく延々と繰り返してやった。
 それで高瀬の頭の中は、ストロベリーアイスがぐるぐるまわって、もううんざりしていたのだろう。
 ついさっき、高瀬は原黒さんにカップのちょっとお高めのアイスを買いに走らせた。
 そうして今、そのきらめきアイスはようやくわたしの手の中にやって来た。
 うきうきとこれからおいしくいただこうとしたその矢先、高瀬がこう言ってきた。
 なので当然、なおりかけていたわたしのご機嫌は、また真横に傾いていく。
 すこぶる、不愉快。
「いや。これを食べてからなら、考えてあげてもいいけれどね」
 つんと顔をそむけ、ぺりっと蓋をはずす。
 そして、おいしくスプーンをアイスにひとさし。
 その瞬間、アイスを持つわたしの手は、高瀬によってぐいっと引かれた。
 同時に、ぽすっと高瀬の胸にダイブ。
 嗚呼もう。またこのパターン?
 もう、本当、ワンパターンペテン師めっ。
「あのねえ、またわたしにアイスを食べさせないつもり? 食べ物の恨みは恐ろしいというでしょう?」
 高瀬の胸に抱かれ、じたばたと一応はもがく。
 もがきつつも、いじきたなくも、そこでアイスを一口口へ運ぶ。
 そして、もちろんおいしくいただく。
 高瀬の胸へダイブ、なんてもう今さらすぎていちいち動揺していられない。
 わたしは平然と、高瀬の胸でもぐもぐとアイスを食べる。
 当然、そんなわたしの態度に、高瀬はいい気がするはずがない。
 だって、このペテン師め、わたしが慌てる様を見て楽しんでいる節があるもの。
 だからここはあえて、平然を装う。
 本当は、胸の内はどくばくだけれど、悟られてなるものか。また楽しまれちゃうもの。
 高瀬は面白くなさそうにじとっとわたしを見つめる。
 そして、案の定、アイスをわたしの手から奪い取り、横にいた原黒さんにぽいっとパス。
 原黒さんも原黒さんで、ナイスキャッチ。
 ……だから、キャッチボールじゃないのだから。もうっ。
 アイスを略奪されたわたしは、当然ぎろりと高瀬をにらみつける。
「だけど楓花は、いじきたなくないから大丈夫だよな。もちろん」
 高瀬はくいっとわたしの顔をあげ、そこににっこりと嘘くさい微笑みを落とす。
「さあ、どうだかね。試してみる?」
 ふつふつとこみ上げてくる怒りを、ぐっとこらえそう言ってやった。
 だって、図星なんだもん。
 高瀬が言ったことは本当。
 わたしは、そんなにいじきたなくはない。
 そう、わたしのプライドがそれを許さないのよ。
 食べ物に執着する、その行為を、わたしの高すぎる――かもしれない――プライドが許さない。
 まあ、プライドが高くなるのは、この男限定で、のような気もするけれど。
 くうっ。そんなところまで、このインチキ教師はお見通しというわけ!?
 インチキのくせして。
 なんて奴、なんて奴、なんて奴なのよ、まったく!
「試す必要などないな。だって楓花は、今すぐ俺の言うことを聞きたくなるから」
「はあ!?」
 ふざけるんじゃないわよ!
 このすっとこどっこいめっ。
 あなたはどこまで調子にのれば気がすむのよ?
 この俺様男!
 そうののしるはずだった。
 だけど、できなかった。
 そして、高瀬が言ったことは本当だった。
 悔しいけれど、現実になってしまった。
 だって高瀬は、ひょいっとわたしを抱き上げ、またしてもとってつけたようにお姫様だっこをしやがったもの。
 抵抗なんてできないように、ぐいっとわたしをその胸におしつける。
 そして、すたすたとリビングを後にする。
「騒いだら……キスするからな」
 そんなむちゃくちゃな脅し文句つきで。
 む、む、むーかーつーくー!
 このインチキペテン師にいいように扱われてしまったということが、何よりもむかつく!
 というか、この男、このペテン師め、どうしてわたしの弱点を知っているのよ!?
 その脅し文句が、今のわたしには何よりも効き目があると、どうして知っているのよ!?
 むかつく、むかつく、むかつくー!
 なんて男なのよ、高瀬昂弥、二十六歳。国語教師。またの名をペテン師はっ!
 騒ぐことができなくなってしまったわたしは、高瀬の脅しにまんまとひるまされたわたしは、今もって大人しく高瀬にお姫様だっこされ中。
 ――やっぱり、何かが間違っているように思えてならない。


 そうして高瀬に連れ出された街中。
 高瀬がさっき言った買い物とは、高瀬が考えたちゃちな計画の準備のため。
 そう、わたしが高瀬の恋人のふりをするという、あのインチキくさい計画。
 やっぱり、このままじゃ、年齢的にちょっと無理があるから、少し大人っぽく着飾ろうとそういうことになった。
 ――どことなく、たんなる高瀬の趣味でしょ?と思えないこともないけれど。
 そこで、高瀬の見立てで洋服を購入することになった。
 もちろん、その代金は高瀬のポケットマネー。
 高瀬のためなんかに、一銭たりとも出してやるものか。
 というか、それ以前に、必要ないでしょ。
 だって高瀬、ムカつくくらい金持ち男なのだから。
 んー。そう考えれば、高瀬は、もしかしなくても、やっぱり、世間ではひっぱりだこのいい男になっちゃうのだろうか?
 本性はこんなのだけれど。ペテンだけれど。
 たしかに、お買い得ではある。
 やっぱり、夢見る乙女たるもの、一度は憧れるよねえ。
 お姫様のような夢の生活。
 そのためには、やっぱりお金持ち男をつかまえなくちゃだもん。
 しかもそれが、格好よくて王子様みたいだったら最高なんだよね。
 ……冗談でしょう。
 その本性を抜きにしたら、高瀬、それにぴったりあてはまるかも……?
 ああ、だから、キャピキャピ娘さんたちがああも大騒ぎするのか。
 今さらながらに、納得。ようやく納得。
 この上なく癪だけれど。不愉快だけれど。
 そんなことを考えていると、抵抗を忘れ、街中をずるずると高瀬に引っ張りまわされ続けていた。
 そこまでなら、わたしもどうにか納得してあげよう。癪だけれど。
 なのにどうして? ショッピングのはずが、気づけばこんなところを歩いているのよ。
 人気のない公園!
 待てーっ! 
 これってばこれってば、めちゃくちゃまずくない!? わたしが!
 そんなわたしなんて気にもとめていないように、ななめ上では高瀬が上機嫌。
 だから、待ちやがれっ。
 これって絶対、何かがおかしいわよ!?
 だって……。
 高瀬の奴は、わたしの手をとり……握り、本当に嬉しそうに微笑みをたたえている。
「こうして二人で歩いていると、恋人同士みたいだな。あ、すでにそうか」
 そして、そんなふざけたことをぬかす。
 もうあまりにも馬鹿らしくて、あきれてしまって、それにはあえて反論しないけれど。
 というか、反論するだけ無駄。いらぬ体力を使う。
 ここはもう徹底的に耳をお留守にして、聞いていないふり聞いていないふり。
 それが賢明というものよ。
 そんなことを考えて、高瀬に渋々ついて行っているから、今のわたしの顔も当然、渋い顔。
 眉間にしわを寄せ、ぷうと頬をふくらませている。
 不機嫌オーラを漂わせるわたしに高瀬はようやく気づき、ついっとその顔を近づけてくる。
「楓花、ここにしわ」
 そう言いながら、高瀬はわたしの眉間をぐりっとおす。
 むうと少しすねたように口をとがらせて。
 触れるな、ペテン師めっ。
「もっと楽しそうにしてくれなければ、デートの意味がないじゃないか。それに、あまり不機嫌な顔をしていると、怖いよ?」
 高瀬はすっと目を細め、極悪笑顔を浮かべる。
 それから、くすくすとペテンに笑う。
 こ、こ、この男ー!
 高瀬の怖いという言葉は本当に怖いと二日前に思い知らされたばかりだから、悔しくて悔しくてたまらない。
 あまりの悔しさに、思わずぷいっと顔をそむけた。
 学校一の才女、この南川楓花さまが、こんなペテンな脅し文句に言葉を失うなんて……。
 絶対、おかしすぎる!
 ふわりと高瀬の手がわたしの頬に触れ、半ば強引にわたしの顔をまた高瀬へと向ける。
 そして、こんな街中だというのに、人目があるというのに、高瀬は当たり前のように顔を寄せてくる。
 ばかー!
 あんたには、本当に危機感というものはないのか!?
 危険きわまりない!
 その時だった。
「昂弥……さん?」
 高瀬の名を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。
 その瞬間、ふふふっと楽しそうに笑っていた高瀬の顔が強張る。
 そして、ゆっくりとわたしを解放していく。
「ああ、あなたですか……」
 わたしを解放した高瀬は、声をかけた女性の方を向くと、どこか冷たくそう言っていた。
 どこか……ではなくて、本当に冷たかった。
 声はそうでもなかったけれど、その目が。
 高瀬の目が、女性を拒絶していた。軽蔑していた。
 そして、何となくわかったような気がする。この女性が誰か。
 そんな高瀬が少し怖くなって、同時に淋しさを感じて、きゅっと高瀬のシャツのすそを握っていた。
 すると、高瀬はわたしの異変に気づいたらしく、くいっとわたしの肩を抱き寄せる。
 ふっとあまやかな微笑みを、わたしにだけ見せる。
 その瞬間、わたしはやっぱり醜い感情に支配された。
 それは、今目の前にいる女性に対する優越感。
 そういうものだった。
 高瀬は女性を拒み、わたしを受け入れた。それが優越感となる。
 ……いつの間に、わたしはこんなに汚い人間になっていたのだろう。
「高瀬……。もしかして……?」
 抱き寄せられ、その腕の中でちらっと高瀬を見上げる。
 すると高瀬は、少し険しい顔でわたしを見下ろした。
 それでも、わたしを見るその瞳だけは妙に優しい。熱っぽい。
 また、わたしの胸の中に、わたしは特別≠ネどとそんな醜い感情が芽生える。
 どうして? 何故?
 ――わからない。
「昂弥さん……。その方は……?」
 こそこそと会話をするわたしたちに、あまつさえ高瀬に肩を抱かれているわたしをちらっと見て、不安そうに女性がそうたずねてきた。
 でも、不安そうではあるけれど、わたしを見た瞬間、その目がぎらりと輝いたことをわたしは見逃さなかった。
 そして、理解する。悟る。決定づける。
 この女性が、例の高瀬につきまとうしつこい女だと。
 それを肯定するように、高瀬は「ああ」と、わたしにしか聞こえない小さな声でつぶやいた。
 さっきのわたしの問いかけに答えるように。
 そうして、この場に、見えないばちばちとした火花が飛び散った。
 それは、ある意味一方的に。
 彼女がわたしへ向ける、火花。


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update:04/04/19