極悪ペテン師の華麗なるペテン術
ペテン師

 女性の問いかけに、高瀬はふと微笑み、さらにわたしをぎゅっと抱き寄せた。
「僕の……大切な女性ですが、それが?」
 高瀬はさらっと言い放ち、微笑む。
 ちょっと待て、そこのペテン師!
 な、何をいきなり!?
 思わずぎょっと凝視すると、高瀬はその目でいってきた。
 「協力すると言っただろう?」と……。
 うっ……。
 た、たしかに、たしかに言いましたよー。
 フランス料理フルコースとひきかえに、そういう条件で。
 で、でもー、こんなにいきなりですか!?
 動揺するわたしに高瀬はすぐに気づき、優しく微笑みかけてきた。
 だから、そんな微笑みを向けられても、い、いきなりは無理ですー。
 心の準備というものが、準備というものがー!
「昂弥さん……。それは、何かのご冗談かしら?」
 女性も負けてはいないらしく、多少頬をひきつらせながら、つとめて冷静を装う。
 そして、あらためてそう確認してきた。
「いいえ、冗談などではありませんよ。僕は、もうこの人と決めていますから」
 高瀬はそう言って、にっこりと微笑みを浮かべる。
 その微笑が、最悪なことに、天使の微笑みだったりするから、さらにたちが悪い。恐ろしい。
 その下に隠されたペテンな臭いが、ぷんぷん漂ってくる。
 その下に隠された極悪悪魔の微笑みが、わたしにはしっかりと見える!
 あまつさえ、黒い尻尾まで見えてきそうな……。
 嗚呼、この男、やっぱり悪魔だったのよ。
 俺様やペテン師だけかと思えば、悪魔な本性も隠していたのね。
「おもしろい方ね。どう見ても、かなりお年が離れているようですけれど? まさか、そのようなお子様と本気で、などとは……」
「本気ですよ」
 ぴくぴくと頬も眉もひきつらせ、醜く顔をゆがめていくその女性に、高瀬はさわやかに微笑みきっぱり言い切る。
 待て。
 待ちやがれ。
 このペテン師め!
 ほら、みなさい。
 やっぱり無理があったじゃない。
 これはどこからどうみても、犯罪なんだってば!
 高瀬の「本気ですよ」の発言に、女性はもうその怒りを隠さない、あからさまに般若のような表情を浮かべた。
 当然、女性がにらみつけるのは高瀬ではなく、高瀬に抱き寄せられているわたし。
 うう……。こ、怖いです。
 女性のその変化に高瀬も気づかないわけがなく、はあと面倒くさそうにため息をひとつもらした。
 ――まったく……。ため息をつきたいのは、こっちだというの。
 するとやっぱり、女性の顔はさらに醜くゆがんでいく。
 ふるふると怒りに震える女性の前で、高瀬はぐいっとわたしの顔を引き寄せた。
 そして、あらわにされたわたしの首筋に、ちゅっと口づけを落とす。
「ひゃん……っ」
 同時に、わたしの口からそんな気持ち悪い声がもれてしまった。
 その声を聞いて、ますます調子にのったように、高瀬はにやりと微笑む。
 人気がないとはいえ、こんな街中なのに。
 しかも、よりにもよって、高瀬に思いを寄せる怒れる女性の前なのに。
 うっぎゃあーっ!
 わたし、もうお嫁にいけない!
 だから、違ーう!
 今はそういう場合じゃない。問題なのは、高瀬の今の暴挙!
 何度も言っているけれど、ばれたらどうするのよ!?
 わたしたちの同居!
「そ、それは……っ!?」
 ぐらぐらとめまいを覚えるわたしの耳に、女性の驚愕の声が届いた。
 その声に驚き、再び女性にぱっと視線を移す。
 すると女性は、赤くなったり青くなったりを忙しなく繰り返し、もう言葉にならないというくらい怒りに震えていた。
 ……え? どうして?
 たしかに腹立たしい場面かもしれない。
 だけど、そこまで怒れる? 普通……。
 高瀬を見上げると、やっぱりにやりと微笑んでいる。
 そして、するりと頬にあった手をわたしの首、そして鎖骨へと動かし、ちょいちょいっとそこをつつく。
 それで、気づいた。気づいてしまった。
 気づきたくないけれど、気づかずにはいられなかった。
 高瀬の奴、このペテン師め。
 せっかく隠していたあれ≠、いつの間にか表に出していた。
 いちばん上までとめていたシャツのボタンの二つ目までをはずし、ぱらりとはだけたその胸元から見えるそれは、三日前、高瀬が施したマーキング。
 もとい、キスマーク!
 高瀬のものという証の、キスマーク!
 うっぎゃあー!
 そ、そ、そんなもの、今さらすなー!
 それに気づいた瞬間、当然わたしの顔はぼんと大噴火。
 口をぱくぱくさせ、ぎょっと目を見開き高瀬を凝視する。
 わたしの視線の先では、高瀬が楽しそうににやにや笑いを浮かべている。
 こ、殺してやる、この男。いつか絶対!
 そう、殺意を胸にひめる。
 ……だから、そうじゃなくて、今はそういう問題じゃなくて……。
 再びちろっと女性の顔を見ると、もう見るにたえないほどにくずれていた。
「ふん。あんたのような能無しのごくつぶしには、せいぜい乳臭い小娘が似合っているわよ」
 ……むかっ。
 せっかく少しの同情があったのに、それもその一言で全てぱあっ。吹っ飛んだ。
 高瀬が嫌がるのも、なんとなくわかるような気がする。それじゃあねえ……。
 負け惜しみだとはわかっていても、むかつくものはむかつくわよ。
 それがあなたさまの本性というわけね?
 もう何も言い返す気にもなれなくて、高瀬に気持ち良さそうにあちらこちら触られながら、はあと盛大にため息をもらしていた。
 やっぱり、もうどうでもいいという感じで。高瀬の好きにさせて。
 カっとヒールを鳴らせ、その女性はぷんぷん怒りながら去って行ってしまった。
 気の毒……と思わないことはないけれど、でも、わたしだって最後の言葉に腹が立ったから、おあいこよね?
 それで、いつまでそうして触っているつもりだ、このセクハラ教師!
 ぼごんと大きな音を立て、やっぱりクリティカルヒット!
 わたしの肘鉄が、高瀬のみぞおちに。
 そうして、ようやく高瀬はわたしを解放する。
 まったくこの男は、どさくさにまぎれて何をしているのよ。
「調子にのるな! このペテン師!」
 うっとみぞおち辺りをおさえる高瀬に、威圧的に迫る。
 当然、じろりとにらみつけてやる。
 愛想笑いを浮かべつつわたしを見つめる高瀬と目が合った。
 もうっ、本当に、このペテン師は。
 こんな時でも嬉しそうに微笑まないでよ。
 ……ばか。
「くすっ。高瀬の馬鹿」
 次には、苦笑いを浮かべていた。
 すると高瀬は、柔らかくわたしに微笑みかける。
 それがまた、甘く甘く微笑んでいる。
 まったく、もう……。高瀬の馬鹿馬鹿。
 わたしはもう、肩をすくめるしかない。
「あはははっ! 楽しい! ねえ、見た? あの顔!」
 気づいた時には、次第にこみ上げてきた笑いに耐え切れなくなり、わたしはそう言って笑っていた。
 突然笑い出したわたしに、きょとんと首をかしげ見つめる高瀬になんてかまわずに。
 でも高瀬もすぐに、どうしてわたしが笑っているのか理由がわかったらしく、くすっと笑う。
 そして、苦く微笑を浮かべる。
 申し訳なさそうに。あの高瀬が。
「楓花……。すまん」
 さらには、そんな信じられない高瀬からの謝罪の言葉。
 当たり前だけれど、高瀬が今何を謝ったかわからないわたしではない。
 まったく、この男は。
 そこで謝らないでよね。
「べっつにー。それにしても、高瀬、あなた、変なのに好かれていたのね?」
 笑っちゃダメだと、失礼だとわかっているけれど、だけど笑わずにはいられない。
 だって、胸の辺りがくすくす笑っているから。嬉しがっているから。
 どうして嬉しいのかはわからないけれど、楽しんでいる。
 今の、この状況を。
 多分、それは、これで高瀬を独り占めできる、そう思ったからかもしれない。
 でも、それも確証ではなくて、よくわからない。
 自分の気持ちが、全然わからない。
 わかっているのだけれど、わからないと言って、認めるのを嫌がっている。
 そして、思い知らされる。
 わたしが、今高瀬に抱いている感情。
 それはやっぱり、流されるように――。
 だからね、とっておきにおどけてみせてあげる。
 さっと背を向け、くるりと顔だけを高瀬に向ける。
 それから、微笑む。くすりと楽しそうに。
「ちゃんと約束を守ってよね、フランス料理フルコース!」
 上体もくるりと高瀬に向け、バーンと手で作った銃で高瀬を狙い撃ち。
 すると高瀬は、思いっきり驚いたように目を見開いた。
 それからすぐに、にやっといつもの極悪俺様ペテン笑い。
 当然のようにその手をわたしにのばしてきて、やっぱり当たり前のようにわたしを抱き寄せる。
 そして、にっこり嬉しそうに微笑む。
「わかっているよ。ついでに、そういうところへ行くのだから、それに見合ったドレスとバッグと靴も欲しい、だろう?」
 わたしのことならすべてわかっていると、そういった顔で得意げに笑う高瀬。
 まったくもう、本当癪に障る男だわ。
 ことごとく。つくづく。
「さーっすが! わかっているじゃない。くさっても教師ね!」
 だからわたしは、やっぱりおどけてそう言ってみせる。
 ぐいっと近寄ってきた高瀬の顔をおしのけて。
 すると高瀬は、わたしのその手をぐいっとつかんだ。
「くさってもは余分だ」
 そんなことを言いながら。
 そして、当然のように降り注いできた、キス――。
 まったく、もう。
 高瀬、わかっているの?
 ここは、人目が多い街中よ?
 ばれたらこの上なくまずいでしょう、やっぱり。
 本当、あなたには危機感というものが欠落しているのだから。
 ううん、そうじゃなくて、あなたの辞書には存在しないが正解?
 その後、タイミングよく姿を現した原黒さんに、以前わたしを拉致った黒塗りベンツの中へ放りこまれてしまった。
 そして、ばたんと扉をしめられる。
 一人だけベンツに放り込まれたわたしは、そこで不機嫌にぶすっとふくれていた。
 しめられた扉の向こうでは、高瀬と原黒さんがこんな会話をはじめる。
「昂弥さま、そのうち罰が当たりますよ。……いえ、刺されるかもしれないですね」
 盛大にため息をもらしつつ、原黒さんが本当にうんざりといった様子で高瀬を見る。
 すると高瀬は、やっぱり極悪に微笑み、さらりと言ってのける。
「楓花が手に入るなら、何でもするよ。罰なんて怖くないね」
 当然、そんな会話を、わたしが知るはずがない。
 つまりは、今回のこれは、すべて高瀬の計画だったということ。
 最初から最後まで。
 パソコンに届いたメールから、女性が現れるまで。
 そんなに前から、周到に準備をしていたということ。そんなことのためだけに。
 タイミングよくあの女性が現れたのも、原黒さんを使って、あらかじめやってくるように仕向けていたからとか。
 まったく、このペテン師は、どこまで罠を張っているのだろう?
 ――恐ろしい。このペテン師のペテンっぷり。罠張り術。
 というか、もしかして、あのマーキングも計画のうち?
 ううん、そうじゃなくて、あれは、たんなるライオンの本能だわっ。


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update:04/04/23