俺様教師と腕の中
ペテン師

 翌朝。
 王様ベッドの上で、俺様なインチキ教師の腕の中、目覚めを迎えた。
 この寝苦しい季節、これまた寝苦しいことに、毛皮のあるライオンなんかに抱かれて眠っては、寝苦しいことこの上ない。
 ……そのはずなのに、何故だかぐっすり眠れている自分が不可解。理解不能。摩訶不思議。
 しかも、それがもうかれこれ……ひと月?
 それくらい経っているから、世の中って本当不思議。奇妙。
 ああだこうだと言っているうちに、しているうちに、もうひと月も過ぎちゃったなんて。
 高瀬との同居をはじめて、もうひと月もたってしまっていたなんて……。
 時間って、けっこうはやく流れるものなのね?
 とか思ってしまう。
 ――いや、そうじゃなくて、かきまわされ、かき乱され、振りまわされているうちに、気づけばひと月も経っていた、というのが正解のような気がするけれど。
「時間が経つのを早く感じるのは、それだけ充実しているということ。充実していなければ、地獄のように長く感じるよ」
 これは、どこかのインチキペテン師の言葉。
 昨日の夜、寝る前、ぽつりともらしたわたしの言葉に、そう高瀬が返してきた。
 ……それってつまりはどういう意味?
 と、めちゃくちゃ腹立たしかったけれど――もちろん、時間が経つのが早いと感じている自分自身に対して――あえて何も言わない。
 何か言葉を返したが最後、俺様ライオンにぺろっと一飲みされそうだから。
 くるっと高瀬に背を向けて、お休み突入。
 しかし、それで高瀬が何もせずに寝かせてくれるかといえば、そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ない。
 ぎゅっと後ろから抱きしめられ、そのまま朝を迎える。
 ……あり得ない。
 何がいちばんあり得ないかって、それはもちろん、この振りまわされ続けた一ヶ月が、充実しているとか何とか言われるそのこと!
 充実などしていてたまるか!
 いいように、くるくるころころ引っ張りまわされ、かきまわされ、本当にこのひと月は忙しなかった。
 心落ち着くことなどなかった。
 ――俺様。
 最初はそう思っていたけれど、それは違うかもしれない。この男に限っては。
 俺様じゃなくて、もっと違った、もっと上の――。
 天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)
 そう、それ。まさしく、天上天下唯我独尊男だったのよ、この男。このペテン師!
 何でもかんでも自分の思い通りになると思っている、わが道を行く男。
 この世で自分がいちばん偉いと思っている、ふざけた男。
 それが、高瀬昂弥、究極のペテン師!
「おはよう、楓花。朝食ができているぞ?」
 いつものように、一時間早くベッドを抜け出した高瀬は、そう言って客間に入ってきた。
 そう、この客間が、相変わらず高瀬の住み処。ライオンの巣。
 まだ早い一度目の目覚めを迎えた時は、たしかにわたしは高瀬の腕の中にいたのに、気づけば寝ていた。
 そして、いつものように高瀬の声で再び目覚めを迎える。
 夏の朝は、朝なのに暑苦しいというのに、この男のさわやかに微笑むその顔は、さらに暑苦しく思えてしまうから、ああ大変。
「……もう? もうちょっと寝かせてよー」
 いつかのように、わたしはまたベッドへもぐりこむ。
 ようやく高瀬に解放され、一人で眠れるんだもの。
 この一時間は、本当に貴重だわ。
「別にいいけれど……。俺も一緒にまた寝るぞ?」
 高瀬はそう言いながら、おもむろにベッドに入ってきやがった。
 がばっと羽根布団をめくりあげ、もぞもぞとわたしの横に擦り寄る。
 冗談じゃないっ!
 何を考えているのよ、このドスケベ教師!
「た、高瀬!?」
 ベッドに身を沈め、そこで高瀬に抱きしめられる。
 高瀬が再びベッドにもぐりこんできてくれたおかげで、この王様ベッドのマットは高瀬の分だけ余分に沈む。
 どうにかしてこの危機的状況を打開しようと、じたばたと高瀬の腕の中でもがく。
「今日は、楓花の希望通り、アイスコーヒーにしたのになあ。メインはフルーツサンドなのになあ。楓花が大好きないちごをたっぷりはさんだ。あーあ、せっかく頑張ったのに……」
 ごろごろとわたしにまとわりつきながら、高瀬はそんなことを言ってきた。
 当然、嫌みたらしく、めちゃくちゃ残念がって。
 こ、この男っ!
「ああ、もう、わかったわよ。起きるわよ、起きます! まったく……なんなのよ、あなた」
 ぶつぶつ不平をもらしながら、わたしにまとわりつく高瀬の腕を振り解こうとつかむ。
 普段なら、簡単には振りほどけないのだけれど、今は別。
 望みどおり起きてやるから、高瀬も案外素直にあっさりとわたしを解放する……。
 ――あれ?
 解放するんじゃなかったの!?
「やっぱりやめた。もうちょっとこうしていよう。楓花を抱いていると、もっとこうしていたくなっちゃった」
 高瀬は猫なで声でそんなことを言いつつ、わたしをぐいっとベッドに押さえ込む。
 当然、面食らったわたしはぎょっと高瀬を凝視するけれど、すぐに抵抗はやめた。無駄だから。
 はいはい、もう好きにして。
 それで? あと何分、こうしていればいいの?
 ――何分でも、何十分でも、何時間でもいい。
 わたしも、こうしていたい。
 こうして、高瀬にぎゅっとされ、ベッドにいたい。
 やばいなー……。
 そう思っちゃっていたりするんだよね、わたしも。今……。
 一応抵抗はしてみるけれど、だけどどれも本気じゃないかもしれない。最近は。
 だってわたしも、高瀬の腕の中にすっぽりおさめられ、そこで高瀬の胸の動きを感じ、また睡魔に襲われるから。
 本当に、高瀬の胸の中は心地よくて、ゆりかごみたいで……。
 遊園地の乗り物でいえば、回転木馬?
 高瀬の腕の中は、そんなドキドキがある。
 それに、どんなに抵抗しても、睡魔には勝てないでしょう、やっぱり。
 そう、睡魔。あくまで睡魔。
 別に、高瀬の腕の中が安心できるから、心地いいから、つい眠っちゃうわけじゃない。
 そう、絶対、そんなのはあり得ない。
 だって、こんなにインチキで危険なライオン教師は、他にはいないもの。
 そうして、二度寝突入。……いや、三度寝?
 恐ろしくも、高瀬の腕の中で。
 意識が遠くなったわたしの耳元で、高瀬はくすくす笑っていた。
 さらっとわたしの髪をなで、そこに口づけて。
 そして、高瀬もわたしを抱きしめたまま、二度目の眠りに落ちていく……。
 朝食どうするのよ? 高瀬まで寝ちゃって。


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update:04/05/02