見返りのないやきもち
ペテン師

 結局、次に目覚めた時は、太陽がもう中天にかかろうとしていた頃だった。
 高瀬が用意していたアイスコーヒーは、氷がとけちゃって、水とコーヒー、二つの層ができていた。
 もちろん、グラスはびっしょりと汗をかいている。
 もうぬるくなりすぎている。
 だから当然、おいしいわけがない。飲めない。
 それに、フルーツサンドだって、もうかぴかぴ。
 ラップもかけずにそのままおいていたから。
 せっかくの朝食――え? せっかく? 全然。どこがっ――は、もう台無し。
 だけど、高瀬はどこか上機嫌に、そんなものはどうでもいいと片づけて、昼食の準備をはじめ出す。
 というか、今日はじめての食事になるそれが、昼食?
 うわー、最悪。
 せめてブランチどまりにして欲しかったわ。
 と言っても、もう後の祭り。寝てしまったものは仕方がない。
 うん、そう無理に思おう。
 そうして、出来上がった昼食をとり、日がな一日、冷房がよくきいたリビングで、ごろごろ。
 ぼんやりと、ぼうっとソファーに寝転がる。
 うわー、本当、今日は何をしているのだか。
 一日を無駄に過ごしているような気分。
 ソファーに寝転がるといっても、素直に寝転がれるわけがない。
 だらしなくソファーに身を沈める高瀬の腕の中に、わたしはいたから。
 はなしてと言ってもはなしてくれないのは当たり前。
 だから、もう無駄なことは言わない。
 そして、そんな危険地帯で、わたしはストロベリーアイスをおいしくいただいていたし。
 やっぱり、高瀬に餌付けされている。
 ――シマウマを餌付けするライオンって、どうよ?
 それを見た高瀬が、「俺にもくれ」とか何とか言って、強引にわたしの手からストロベリーアイスを一口略奪。
 そして当然、にやりと極悪に微笑み、そのままわたしにちゅっ。
 ストロベリーアイスの味がするちゅっ。
 あ、あり得ない。
 そのような感じで、平和なのだか平和じゃないのだかわからない一日を過ごす。
 そして、今は夕方。
 そろそろ夕食の準備をする頃となった。
 高瀬は仕方なく、残念そうにようやくわたしを解放する。
 そうして、リビングを後にしていく。
 ふう。これで、しばらくは安泰。……いや、安全。
 そう思って安堵のため息をもらしていることは、きっと高瀬にはお見通しなのだろうけれど。
 と思っていたら、すぐに高瀬はリビングに戻ってきた。
 手に何やら大きな箱を持っている。
「楓花、これに着替えて」
「へ?」
 いきなりのその訳がわからない言動に、ぽかんと高瀬を見上げる。
 やっぱりわたしは、まだだらしなくソファーにごろんとしていたから、必然見上げるかたちになる。
 ……くっ、何だか悔しい。
 差し出す箱を受け取ろうとはせずただぼうっと見上げていると、高瀬は顔をしかめた。
 そして、ぶすうとふくれる。
 ――だから、待てっ。
 そんな顔をされても、わからないものはわからない。
 わからないことで非難されても、むかつくだけなのですけれど?
 まあ、高瀬に非難されるというその行為自体が、この上なくわたしを不愉快にはさせてくれるけれど。
「だから、言っていただろう。フランス料理フルコース」
 はあとため息をもらし、高瀬はぐいっとわたしの腕をつかみ引き上げる。
 片手に大きな箱を抱えたまま。
 高瀬の奴ー。
 その見た目とは違って、やっぱりすごい力を持ち合わせているのかも。
 片手に箱を持ち、軽々とわたしを立ち上がらせるなんてそんな芸当、さらっとしてのけるなんて、さすがはペテン師。
 いや、だからそこ、変なところで感心しない。
 と、何やら自らつっこみをしてしまう。
 ……な、情けない。
 というか、ごめん。――心の中なら、何故だか素直に謝れたりする。口に出すのは死んでも嫌だけれど――それ、忘れていたかもー……。
 たしか、そんなことを言ったような気はするような気はしないこともないかもしれないかもしれ――。
 ああ、もう! 言いました。たしかに言いましたねえ、わたし!
 でも、最初からそんなものは期待していなかったのに。
 というか、高瀬とお外で食事なんて、そんなことできるわけないじゃない。
 他人の目が、他人の目がー……。なのだから。
 どうやら、高瀬は忘れているようだけれど、あなたとわたしは、教師と生徒!
 それでもって、この同居がばれたら、二人とも身の破滅。
 わかっているの!?
 だから最初から、そんなことは期待していなかったの!
 それくらいわかっていなさいよ、ペテン師なら。
 ――あ、でも、ばれても、何だか全然たいしたことにはなりそうにないような気もする。
 やはり、この男は恐ろしい。
 そして、こねと権力と財力。
 この男には、そんな素晴らしい武器があった。
 自分自身でも一体何を言いたいのかわからない思考に支配されていると、高瀬はあてつけがましくため息をもらしやがる。
 そして、手に持っていた大きな箱をローテーブルの上に置き、両手でわたしの頬を包み込む。
 ぐいっと、高瀬の顔に向き合わせる。
「やっぱり忘れていたな? 自分から言っておいて」
 ……むかっ。
 どことなくむかつく。
 うるさいわね、それがどうしたのよ。
 悪いか、忘れていて。
 最初から実行されるなどみじんも思っていなかったのだから、仕方ないじゃない。忘れて当たり前。
 むーかーつーくー。
「もう、これだから楓花は。かわいいんだから」
 いきなりにっこり微笑み、そんな訳がわからないことを脈絡なく嬉しそうに言いやがった。この男、高瀬昂弥は。
「はあ!?」
 当然、高瀬の手に包まれた顔を、思いっきり訳がわからないとゆがめてあげる。
 すると高瀬は、やっぱり楽しそうにくすくす笑う。
「だって、楓花は、最初から見返りなどなく、俺に協力してくれたのだろう? いいな、こういうのって。楓花、やきもちをやいてくれたのだろう?」
 たわけっ。
 嗚呼、もう。
 はいはい、そうですね、そういうことにしておいてあげるわよ。
 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、もう答える気にもなれません。
 やきもちって……一体誰が誰にやくというのよっ。
「ほらほら。そういうことだから、このドレスにさっさと着替える」
 高瀬はそう言いながら、さっきローテーブルの上においた箱をぱかっとあけ、その中から、淡いピンク色をしたふわふわのドレスをぴらりと取り出してきた。
「サイズ、楓花にぴったりに作らせたから、絶対に似合うよ。んんー、楽しみ。かわいいのだろうな、これを着た楓花っ」
 にっこにっこと、本当に嬉しそうに微笑み、高瀬のこの乱行と乱心に呆然としているわたしの手に、ぐいっとそのドレスを手渡してくる。
 ……ん?
 ちょっと待って。
 何だか今、聞き捨てなんて絶対にしちゃいけないようなことが言われたような……?
「高瀬、どうして、わたしにサイズぴったりの服を作らせることができるの?」
 それ、それです。
 まさしく、それ。
 聞き捨てちゃいけない言葉。
 たしかにわたしは、標準サイズMサイズの女。
 だが、しかし。
 オーダーメイドで、サイズがぴったりって?
 わたし、高瀬に一度も教えたことないわよ!?
「何を言っているんだ、楓花。そんなことは簡単じゃないか。いつも抱いて寝ているんだから。それで十分だよ」
 不思議そうに首をかしげ、高瀬はけろっとそんなとんでもないことをほざきやがった。
 どんがらがっしゃあーん!
 瞬間、ローテーブルが宙を舞う。
 見事、わたしのちゃぶ台返しならぬ、ローテーブル返しが決まる。
「死にさらせーっ!」
 楽しいくらいの怒りに震える声が、わが南川家に響き渡る。
 こ、こ、このセクハラエロエロペテン師めっ!!
 ふ、ふ、普通、それくらいでわかる!?
 ああ、もう。高瀬には不可能というものはないのか!
 なんだかなんだか、悔しすぎるわー。
 思いっきりペテンにかけられたみたいで!
 ……というか、そんなことを言われたら、もう一緒に寝られないじゃない。
 恥ずかしすぎて。
 高瀬に抱かれるだけで、すべてを知られるみたいで。
 まるで心まで裸にされた気分よ。
 この極エロ最低男っ!
 まったく、どこまでいくのよ、あなたのペテン術。
 そして、究極の女たらしという称号もくれてやろう。この際。


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update:04/05/05