スイートルームの罠
ペテン師

「ねえ、高瀬。わたし、たしか、超高級レストラン≠ニは言ったけれど、超一流ホテル≠ネんてそんなこと、みじんも言っていないわよねえ?」
 目をすわらせ、ぽつりつぶやくわたしがそこにいた。
 この辺りでも一ニを争う、超一流ホテルのロビー。
 あの陰険な香りがぷんぷん香る黒塗りベンツで連れてこられたここ。
 ぴしっと盛装をした高瀬にエスコートされながら、ドアマンがあけた扉から足を踏み入れたそこ。
 超がつくくらいの一流ホテル。
 それは、どのくらい?
 ははっ。聞きたい?
 じゃあ、言ってあげようじゃない!
 ロビーにあるシャデリアだけでも、ゆうに何百何千万という値がつきそうなホテルよ!
 ぴかぴかの大理石の壁。床には赤絨毯。
 どうだっ!?
 ……ここは、国会議事堂じゃないんだってば!
「ああ、だから、超一流ホテルの超高級レストラン=B間違っていないだろう?」
 何がいけないの?と、首をかしげにっこり微笑む高瀬。
 ――あのね……。
 ものにはね、限度というものがあるでしょう、限度というものが。
 これは、かなりやりすぎ。いきすぎ。
 ここまでする必要、皆無。
 わたしは、ちょっとリッチな気分を味わってみたかっただけ。
 これは、リッチすぎるわー!
「今日は、料理長に言って、楓花が好きなものを作らせてあるから」
 さらには、さらっとそんなことを言うな!
 まるでいつも利用しているみたいな言い方。
 というか、料理長までも思いのままという言い方。
 お、恐ろしすぎる、この男。
 もうわたしの常識の域を超えすぎていて、この男がどのくらいすごいのかなんて判断できない。
 こんな奴が、高校の一教師に甘んじているという時点で、世界の謎だと思う。
 それで、こねと権力と財力のうち、一体どれを利用なさったのでしょう?
 それとも、全て利用したのかなあ?
 この上なく癪に触る男め!
 相変わらず目をすわらせたままのわたしの腰に当たり前のように手をまわし、やっぱりスマートにエスコートしていく高瀬。
 まるで、手馴れているように。
 ……むかつくっ。
「ん? どうした、楓花。またいちだんとご機嫌がななめになってきたぞ?」
 高瀬は眉根を寄せ、不満げにわたしの顔をのぞきこんできた。
 当然、瞬間、わたしは高瀬から顔をそむける。
 すると、やっぱり強引に顔を高瀬の顔へと向けられる。
 これでもかというくらい目をすわらせ、ぶすうとふくれて、じとりと高瀬をにらみつけてやる。
 だって、だって……それってつまり……。
「楓花……?」
 ぶすうとふくれていると、仕舞いには涙まででてきちゃいそうになったじゃないのよ、高瀬のバカ!
「だって高瀬、手馴れているもん。一体どれだけ場数を踏んでいるのよ!」
 ぼすっと、高瀬の胸に拳をうちつけてやった。
 だって、なんだか悔しいじゃない。
 むかつくっ。
 悔しくて悔しくてにらみつけていると、高瀬は「ああ……」とつぶやいて、いきなりにやりと微笑みやがった。
 当然、癪に障る嫌みたらしい笑い。
「くすくす。やっぱり楓花はかわいいなあ。やきもちやいちゃって」
 嬉しそうにそう言いながら、高瀬はぎゅっとわたしを抱きよせる。
 超一流ホテルのロビーで。無駄に高いシャデリアの下で。
「はあ!?」
 当然、高瀬の腕の中にすっぽりおさめられたわたしは、そこから怪訝に顔をゆがめる。
 そんなわたしなど関係ないと、いつものように本当に嬉しそうに高瀬は微笑む。
 天使のふりしたペテン師の微笑みで。
「大丈夫、心配いらないよ。こうしてエスコートするのは、楓花が最初で最後だから」
 そうして、流されるままに、上層階の超高級レストランへといざなわれていく。
 ふざけたことに。


 高瀬が言ったことは、素晴らしく本当だった。
 出てきた料理の数々は、何故だかわたしの好きなものばかり。
 だから、どうして!?
 そう聞くと、高瀬はどこか得意げににやりと微笑んでこう言った。
「俺の情報網を甘くみないでくれるかな?」
 などと、思いっきり極悪ちっくに。
 ――嗚呼、もう、はいはい。
 そうすることにいたします。
 なんだか、高瀬について考えるだけ無駄という気がしてきたわ。
 馬鹿馬鹿しくなってきたわ。
 ……いや、もとから馬鹿馬鹿しいのか。
 恐らく、高瀬が張り巡らせた罠もペテン術も、とりわけこねと権力と財力は、わたしの想像を超越するものなのでしょうね、絶対。
 そうして、高瀬にとっては至福の時、わたしにとっては地獄の時が流れた。
 食事が終わり、そろそろ帰ろうかという時刻。
 夜の九時をまわろうとしている。
 シンデレラは十ニ時だけれど、わたしは九時。
 これ以上、この男とこんなところにいてたまるか。
 ここから見える街の夜景はとてもきれいで、もう少し見ていたい気もするけれど。
 きらきらきらきら光って、輝いている。
 赤、黄、白、緑。色とりどりの光の共演。コントラスト。
 ネオンの海が、虹色に渦巻いている。
 きれい、とても……。
 だけど、子供はそろそろお家に帰る時間よ?
 などと言ってみたりする。
 今時の子供が、高校生が、九時ごときでお家も何もないような気はするけれど。
 まあ、一応。
 だってほら、わたしは絵に描いたような優等生だもん?
 それに、シンデレラじゃないもん?
 眼下に広がる夜景に少し後ろ髪をひかれつつ立ち上がる。
 すると、高瀬はこんなふざけたことをぬかしやがった。
「部屋、とってあるから」
「へ?」
 即座にその言葉の意味が理解できないわたしは、きょとんと首をかしげる。
 すると高瀬は、また言わせる気?とでも言いたげに、むっと顔をゆがめた。
「だから、部屋をとってあるって。今日はここに泊まっていくぞ」
「はあいーっ!?」
 めちゃくちゃ雰囲気がいいこの超高級レストランの中で、ピアノの生演奏が聞こえてくるこの超高級レストランの中で、わたしはこの上なく不釣合いなすっとんきょうな声を上げていた。
 あまりものふざけすぎた発言に、ぽかんと高瀬を見つめる。
 高瀬は実に愉快そうににやりと微笑みやがった。
 するりと、当たり前のようにわたしの肩を抱く。
「ちなみに、ロイヤルスイートだからっ」
 うきうきるんるんと、高瀬は歩みを進める。
 ずるずると、わたしを引きずるようにして。
 あまりにも信じがたいその発言のために、もうほとんど意識を失いかけたわたしを。
 抵抗する気力を失ったわたしを。
 ……お待ちください、インチキ先生さまさま。
 ワタクシ、そこまでは望んでいません。
 というか、大迷惑です。
 やめてください、思いっきり。
 ちなみに、わたしがあえて、超高級レストラン≠ニ言ったのは、こういう事態を恐れていたがためであって……。
 そのまま、どこぞへ連れ込まれるのを懸念してであって……。
 なのに、素直にここに連れ込まれているわたしもどうよ?という感じですが……。
 く、悔しいっ!
 ちゃっかりよまれていたというわけね、このことっ。
 嗚呼、もう、結局こうなっちゃうの!?
 さらりと連れ込まれちゃうの!?
 ホ、ホテルの部屋にー!
 うっぎゃあーっ!!
 もう駄目だ、今度こそお仕舞いだわ!
 わたしの乙女の貞操、死亡。
 合掌。
 ……違ーう!
 だから、違ーう!
 そこで諦めるんじゃない、楓花!
 ファイトよ、楓花!
 まだ希望は捨てちゃだめ。望みは捨てちゃだめ。
 最期まで戦う気でいなきゃだめよ!
 流されちゃだめよ!
 このまま引きずり込まれてなるものかっ。
「嫌! わたしはこのまま帰るから、高瀬は一人で泊まっていけばいいでしょう!」
 わたしの肩を当たり前のように抱く高瀬の手をがしっとつかむ。
 そして、ぶんと振り払う。
「だーめ。こんなに夜遅く、女の子を一人で帰せるわけがないだろう。危険だろう」
 そう言って、高瀬にまた肩を抱かれてしまった。
 今度は、抵抗の余地すらなくがっしりと。
 そして、やっぱり高瀬は、わたしの頭の上で嬉しそうににこにこ、いや、極悪に微笑んでいる。にやりと。
「あなたといる方が、よほど危険だわ!」
 わたしの肩を抱く高瀬の手を、今度はぎゅむっとつまんでやる。
 これでどうだ!? はなしたくなるだろう!? はなさざるを得なくなるだろう!?
 と思いきや、高瀬は平然とした顔で、ふっとわたしに流し目を送ってきた。
 当然、無意味に必要なく艶かしい。
 そして……。
「あ、それは言えている」
 などとふざけたことを、さらっとぬかす。
 あっさり肯定。
 そこでさらりと認めるんじゃない!
 極悪インチキエロエロペテン師め!


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update:04/05/09