お姫様ベッドで夢心地
ペテン師

 連れ込まれた。
 高瀬が自らを自らで、危険な男と認めたその直後、連れ込まれていた。
 この部屋へ。
 超一流ホテルのロイヤルスイート。
 最上階に位置するこの部屋。
 な、何かが間違っている、絶対。
 それにしても、認めるなよ、さらっと。
 自分が危険だと、オオカミだと。
 いや、高瀬の場合、ライオンだったわ。
 そして、わたしはやっぱり、シマウマ?
 じょ、冗談じゃないっ。
「たまにはいいだろう? こういうのも」
 そう言いながら、高瀬はリビングのソファーにぽいっと上着を放り投げた。
 盛装をしていたから、うっとうしそうにタイをゆるめる。
 そういえば高瀬、普段は結構ラフな格好をしているものね。
 高校教師だから、ふざけた格好さえしていなければ、別にスーツを着ていなくても文句は言われない。
 ……いや、この男の場合、どんな格好をしていても文句は言われないだろう。
 そう、その発言、振る舞い同様、ふざけた格好をしていても。
 理事長の孫さまさまだねっ。
「苦しいだろう? 楓花も脱げば?」
 高瀬は放りなげた上着のすぐ横に腰をおろし、わたしに流し目を送りつつにやにや笑う。
 ふかふかのソファーに座って、じっとわたしを見つめてくる。
 熱くうっとうしい眼差しで、期待をこめて。
 たわけっ。ふざけるなっ。
 脱げるわけがないでしょう、脱げるわけが!
 これ一枚しか着ていないのだから、大馬鹿者!
 当然、そんなことは高瀬もわかっているから、だからにやにや。意地悪く。
 こ、この男は!
「なあ、楓花、いつまでそこに立っているつもり? 座わればいいだろう? もちろん、ここに」
 高瀬はまるで非難するようにわたしを見つめ、そしてにっこり微笑んだ。
 つんつんと自分の横を指し示しながら。
 こ、この男めっ!
 こんな部屋に高瀬と二人きりだから、わたしはどうにも身の置き所に困るのでしょうが!
 声がかかると同時に、びくんとわたしの体は反応してしまっていたから、高瀬のご機嫌は上昇していく。
 くすくすくすと笑い、完全に楽しんでいる。
 悔しい!!
 この男、絶対いつか埋めてやるんだから!
 というか、コンクリ詰めにしてやりたいかもっ。
 ……と、怒りのあまり、かなり危険な発想。
「ね、ねえ、高瀬。やっぱりわたし、帰るっ」
 おずおずとそう言いながら、一歩二歩と後ずさる。
 当然、そんなわたしの行動を高瀬が見逃すはずもなく、急にきっと険しい顔つきをした。
 や、やばいっ。
 そう思って、ぐるんと踵を返したけれど、遅かった。遅すぎた。
 この部屋に連れ込まれた時点で、やはりすべてが終わっていたのかもしれない。
 ぎゅっと、後ろから高瀬に抱きしめられていた。
 身動きできないくらい、強く。
 そして、ふうと吐息をかけながら耳元で甘くささやく。
「帰さない。今日は一緒に泊まってもらう」
 そう言って、高瀬はひょいっとわたしを抱き上げる。
 当たり前だけれど、とってつけてお姫様だっこ。
 これ、もう常識。高瀬に限り。
「た、高瀬ー!?」
 高瀬に抱き上げられ、高瀬の腕の中で、おろおろと高瀬を見ていた。
 ほ、本当に、わたしこのまま、高瀬に食べられちゃうの!?
 骨までばりばりいわせて、むしゃむしゃおいしく。
 ライオンの餌になっちゃうのー!?
「まずは、やっぱりシャワーだな?」
 腕の中で恐怖していると、高瀬はぽつりつぶやいた。
 シャ、シャ、シャワーって、お兄さん、ちょいとお待ちよ、お兄さん。
 あ、あなた、あなた、あなたー!?
 うにゃーっ!!
「……いや、それももう面倒だな。このまま寝るか。今日はそれほど汗もかいていないし。どうせ明日の朝も浴びるし」
 さらにぶつぶつとそうひとりごち、高瀬は部屋の奥へ歩いていく。
 そして、ひとつの扉のドアノブに高瀬の手がかけられる。
 ちゃっかりわたしをお姫様だっこしたまま。
 逃れられないように、がっしりとその腕の中におさめている。
 そして、がちゃりと扉が開けられた。
 開けられたそこに広がるものは――。
 天蓋つきのお姫様ベッド!?
 乙女の夢ー!
 ピンクの花柄ベッドカバーに、白いレースの天幕。
 見るからに、ふわふわもこもこそうな大きなベッド。
 何故だか、……ひとつ。
「ここでいいだろう? 他にも寝室はあるけれど、ここがいちばん楓花が好きそうだし」
 高瀬はにっこり微笑み、甘くささやく。
 当然、触れるか触れないかのその耳元で。
 たしかに、これは乙女の夢だけれど……。
 それでもって、こんなベッドで眠れたら、ううん、見るだけで夢心地。
 ――だからそうじゃなくてっ!
 はっと正気に返りまたじたばたもがきはじめたわたしを、高瀬はぎゅっとその胸におさえつけた。
 くどいようだけれど、お姫様だっこ。
 わたしを腕に抱いた高瀬は、ゆっくりと、だけど着実に、お姫様ベッドへ近づいていく。
 そして、ふわりとお姫様ベッドの上に下ろされた。
 その瞬間、逃げられないように高瀬にベッドに押さえ込まれる。
 ベッドに沈められたそこから、訴えるように高瀬を見つめる。
 お願い。お願いだから、馬鹿な考えだけは起こさないでと。
 まだ犯罪者にはなりたくないでしょう!?と。
 ――いや、もう十分すぎるくらい犯罪者だけれど。そこにはあえて触れてはいけない。
 おろおろと、そして顔を真っ青にして見つめるわたしを見て、ふいに高瀬はくすっと笑った。
 ふわりと柔らかく優しく笑みを浮かべる。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。何もしないから。……ああ、でも、いつものように抱かせてはもらうけれど」
 そう言って、高瀬もわたしの隣へダイブしてきて、ぎゅむっとわたしを抱きしめる。
「た、高瀬?」
 高瀬の胸の中で、わたしはやっぱりおろおろと、まだ少しの恐怖を覚えたまま。
 すると高瀬は、そんなわたしを当然知っていて、わたしを安心させるようにまた優しく微笑みかけてくる。
「これ以上の無理強いはしないから。一緒に寝るくらいならいいだろう? いつもしていることだし」
 高瀬はさらっとわたしの前髪をかきあげ、のぞいたおでこにちゅっと軽く口づける。
 その瞬間、わたしの心がきゅうんと鳴いた。
 ば、ばか高瀬ー。
 びっくりしたじゃない。驚いたじゃない。
 ホテルの部屋だとか、シャワーだとか、寝室だとか、そんなふざけたことを言うから。
 ああ、もう。
 いまだに心臓がばくばくいっている。
 ばくばくいっているけれど、気づいた時には、わたしはもう抵抗していなかった。
 ぎゅっと高瀬の胸に顔をうずめ、そこからちらっと高瀬の顔を見ていた。
 本当に幸せそうに微笑む高瀬の顔を。
 ばちっと視線が合うと、高瀬は優しく微笑む。
 そして、熱くわたしを見つめる。
 それが妙に恥ずかしくて、くすぐったくて、やっぱりまたぎゅっと高瀬の胸に顔をおしつけていた。
 すると、小刻みに高瀬の体がゆれはじめる。
 く、悔しい。これって絶対、笑いをこらえている!
 な、何がおかしいのよ。こっちは本気でもう終わりかと思ったのだから。
 本気で恥ずかしくて、くすぐったいのだから!
 ばかー。高瀬の大馬鹿野郎!
 そうして、最上のお姫様ベッドで、極上の腕の中、次第にわたしは眠りに落ちていく。
 薔薇の香りがするここは、薔薇のゆりかごだから。
 どんな時でも、この腕に抱かれごろんと寝転がれば、眠れちゃうような気がする。
 ううん、眠れちゃう。
「おやすみ、楓花。愛しているよ……」
 もうほとんど意識がうすれた耳元で、そうささやかれたような気がした。
 甘く、とろんととろけた高瀬の声。
 結局、高瀬の腕に抱かれ、胸の中で眠る。
 当たり前のように。
 夢心地。
 ――シンデレラは十ニ時に帰ったけれど、わたしは結局朝帰り。


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update:04/05/12