教師と生徒のヒアソビ
ペテン師

 高瀬に、超一流ホテルのロイヤルスイートに連れ込ま……拉致られて、一週間ほどが過ぎた。
 あの日、はじめての朝帰りをした。
 そのはずなのに、わたしと高瀬の距離はちっとも縮まらない。
 でも、そんなの当たり前。
 ――朝帰り。
 世間一般では、それはとてつもなくうふふっな想像をさせてしまう言葉だけれど、わたしたちの間ではどうということはない言葉。
 だって、普段からひとつベッドで一緒に寝ているのだから。
 しかも、どうしたことか、高瀬にぎゅっと抱きしめられ、その胸の中で。
 だから、そんなことくらいで、今さら二人の距離が縮まるわけがない。
 絶対に、いろんな意味で間違っているわよね? これ……。
 やっぱり、もう今さらという気がするから、あえて口には出さないけれど。


 そして、今日は登校日。
 小学校ではありがちな、夏休みの真ん中辺りに強制的に登校させられる日。
 高校生にもなって、そんなものがあったりするから、やっぱりこの学校は何かが世間とはずれていると思う。
 それはやはり、理事長があの高瀬の血縁者だから?
 それって妙に説得力があるから、冷や汗もの。
 この日って、実はけっこう欠席率が高かったりするのよね。
 そんなの当たり前。
 たとえば、うちのクラスでいえば、お気楽極楽な健全なのだか不健全なのだかわからないちょっと抜けた男子が、その日をころっと忘れ欠席。
 一人や二人、必ずいる。
 そしてもう一パターンは、自主欠席。
 登校日だと知っているはずなのに、わかっているはずなのに、あえてその日に旅行や遊びをセッティングして、さっさととんずら。
 ……これは、わたしもしたことがないわけではないから、大きな声では言えないけれど。
 もちろん、後に登校日にこんな予定を入れているとばれたその時は、うっとうしいほどのお説教攻撃が待っている。
 ころっと忘れていた連中なんて、「もう仕方ないなー」でお目こぼししてもらえるのに。
 これって、明らかに差別よね?
 今年の登校日は、さらっとおさぼりなんてそんな楽しいことはできない。
 だって、よりにもよって、わたしは担任と一つ屋根の下に住んでいるのだから。
 どうあがいてもさぼりは無理よね。
 まったく、余計なことをしてくれたものだわ、高瀬の奴。
 はっきり言ってこれに何の意味があるの?という登校日で、渋々嫌々学校にやって来たわたし。
 学校にくるまでに、体のあちこちから汗がじわりとにじみ出てきて嫌な感じ。
 ベストの下のブラウスなんか、ぴとっと体にくっついちゃっているし。
 嗚呼、もう。本当、登校日なんて無意味なのだってば!
 それにしても、校門を一歩入った時から気になっていたのだけれど、……何!? この突き刺さるような視線。
 ちくちくと、非難めいたような好奇の視線が、あちらこちらから向けられているような気がするのは、きっと気のせいなんかじゃないわよね? 自意識過剰なんかじゃないわよね?
 どこかの俺様ペテン師みたいじゃなく。
 な、何よ。一体、わたしが何をしたというのよ!?
 突き刺さる視線に、胸の辺りにむかむかする感情を抱えたまま、わたしは勢いよくがらっと教室の扉をあけた。
 すると、瞬時に、教室中の注目の的。
 それまでわいわい騒いでいたのに、ぴたっとおしゃべりをやめている。
 な、なんか、この上なく嫌な感じよね。
 お気楽極楽クラスのくせに……。
 その感じが悪い反応に、眉間にしわを寄せた時だった。
 教室の真ん中辺りから、こちらへ駆け寄ってくる人物が一人。
 それは、わがクラスのもてもて委員長浦堂要だった。
 どこか慌てたようでいて、焦ったようでもある。
 どうして?
 いつも冷静沈着な委員長なのに?
 浦堂はわたしに駆け寄るとすぐに、耳に顔を近づけてきた。
 そして、そこでこそっと耳打ち。
「南川、お前、今大変なことになっているよ」
 などと訳がわからないことをささやく。
「え……?」
 きょとんと首をかしげ、じっと浦堂を見つめる。
 見つめた浦堂は、難しい顔をしていて、顔色が悪かった。
 一体、どうしたというの?
 訳がわからない。
 それに、大変なことって、何?
 もっと訳がわからないわよ。
 わたしには、まったく見当もつかないのだけれど?
 首をかしげるわたしに、浦堂は苦しそうに言葉を続ける。
 どこか、言いづらそうでもある。
「お、お前が、その……高瀬先生とつき合っているって、そう噂になっている」
「はあ!?」
 ようやくもたらされた浦堂の言葉に、わたしはぱかっと間抜けに大きく口を開けてしまった。
 だって、それって……。
 いや、問題はそこではない。今は。
 問題は、もっともっと重要なもの。大変なもの。
 つ、つ、つき合っているって、それは絶対に事実じゃないけれど、もしかしてあれがばれたということ!?
 高瀬がうちに押しかけてきて、押し入ってきて、住み着いちゃったのが!
 同居だと言っているのに、高瀬はあくまで同棲と言ってゆずらないあのことが!?
 もうばれちゃったのー!?
 た、たしかに、夏休みに入ってから、いろいろと危険なことをしなかったわけじゃないけれど。
 だけどだけど、それでも……!
 学校でそんな噂がでるようなミスは、していないと思うのだけれど!?
 たしかに、街中で高瀬と手をつないだり、キスしたり、一緒にホテルでディナーをしたり……。
 その他にも、まずそうなことをしなかったわけじゃないけれど……。
 だけどー!
 ぐるぐる頭も目もまわすわたしを、浦堂は苦痛に顔をゆがめ、じっと見つめる。
 どうか、ただの噂であって嘘であって欲しいと、そう願うようにわたしに言葉をもたらす。
「隣町の公園で、南川と先生が一緒に歩いていたとか……。この前は、ホテルから一緒に出てきたとか……。しかも、朝早く」
 思考停止。
 再起不能。
 ……ぎゃふん。
 お、終わってしまった、とうとう。
 終わった、わたしの人生。
 あんな奴のために!
 わたしの人生返しやがれ! 高瀬の大馬鹿者ーっ!
 それって、全部事実じゃない!
 しかも、全部高瀬が強引に引っ張りまわした結果。
 そのつけが、もうまわってきちゃったの!?
 あの男、あの極悪ペテン師、許すまじ!
 ――これって、間違いなく、大ピンチよね?


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:04/05/19