ペテン師の意外な思惑
ペテン師

 その日の夕方。
 学校から帰ってきて、高瀬はやっぱりわたしをぎゅっと抱きしめている。
 リビングのソファーの上で、ごろごろと。
 この俺様教師は、ひとつ覚えみたいにもうこればかり。
 まあ、別にいいけれどね?
 高瀬の腕の中にいるのは、もう嫌じゃないから。
 そう、リビングは冷房がきいていて少し肌寒いくらいだから、高瀬はあくまで寒さを和らげるものとしての存在。
 その程度でなら、嫌じゃないことにしてあげる。
 それ以外では、触れさせてなんてやらない。
 ……あ、その前に、設定温度を上げるとか、エアコンを切るとか……対処法があるか。
 でもこのままでいいや。それも面倒だから。
「あれにはまいったよなあ……。まさか見られていたなんて。しかもどちらも」
 はあと疲れたようなため息をもらし、高瀬にしてはいつになく弱気な発言をする。
 すりすりとすり寄せていた頬を少しはなし、その胸にぎゅうとわたしの顔をおしつける。
 ……やっぱり、この行動に何の意味があるの?と思うけれど。
 会話をするつもりでいるなら、これは無駄な行動だと思うのだけれど? 邪魔な行動だと思うのだけれど?
 普通に話せないの? 普通に。
 ――はいはい。そうでしたね、高瀬にとってはこれが普通なのね。
 弱気な発言なくせして、その行動は全然弱気じゃない。
 むしろ、強気。俺様。
 まったく……もう、このペテン師は。
「本当に。だから嫌だと言ったのよ、だから」
 おしつけられた高瀬の胸をぐいぐい押し、一応は抵抗を試みる……ふりをする。
 だけど当然、そんなのは高瀬によってさらっと無視される。
 しまいには、この男、このセクハラ男、そのままぽすっとわたしの体をソファーにしずめやがった。
 人があまり本気で抵抗していないことをいいことに。
 ここぞとばかりに、これ幸いと。
 そして、にやりと極悪な笑みをたたえて、覆いかぶさるようにわたしをソファーに押しつける。
 うっ……。こ、これは、もしかしなくてもいつものあれ?
 はあ……もう、この男はっ!
「へえ? そう言いつつ、楓花、けっこう嬉しそうだったけれど?」
 高瀬はふざけた意地悪ちっくな言葉を添えることも忘れていない。
「たわけ! そんなわけがあるか! そんなわけが!」
 当然、わたしは瞬時に、かちんと怒りを覚える。
 そう怒鳴り、沈められたソファーから、げしっと右ひざを突き上げる。
 もちろん、高瀬の腹部に攻撃を加えるため。
 だけど、それはあっさりがっちりガードされる。
 む、無念っ。
「またまたー。でも、嬉しいなあ。楓花も、俺と一緒に暮らしたいと思っていたんだよな? あそこで一生懸命否定していたということは。むしろ、俺としてはばれた方が好都合だったのだけれど?」
 この大馬鹿者は、にやにやとした顔を、着実に、ゆっくりわたしの顔へ近づけてくる。
 半分からかっているようで、半分本気のよう。
「ふざけないでよ! 身の破滅よ! このお馬鹿っ!」
 当然、近寄ってくる高瀬の顔をぐにぐに押し返す。
 だって、このまま黙ってそれを許していたら、その後にやってくるものがまるわかりだから。
 もうあれしかない。
 楽しむように顔を近づけてくる時の高瀬が考えていることなど。
 それは、あれだけ!
 また、気がむすまでわたしの唇を奪うつもりね! 堪能するつもりね!
 わたしの頬にかけようとしているその手が、何よりの証拠!
 論より証拠とは、よく言ったものだわっ!
 ……いや、この男に限り、どちらでもオーケーという感じがしないこともないけれど。
 やっぱり、癪に障る男ね。
 このドスケベ教師が!
「ええー? その方がいいのに。別に、俺は教師を辞めてもいいし、楓花は学校を辞めてもいいし。そうしたら、今すぐ結婚できるだろう?」
 どういう理論だ、それは。どういう……。
 この男は、ジョーシキが破綻しているにもほどがある。
 不服そうに、そして残念そうにわたしを見つめながら、高瀬は真顔でそんなふざけたことを言ってきた。
 そう、そんなとんでもないことを!
 そんなことができるか。この大馬鹿者がー!
「そう思うと、おしいことをしたなあ。今から神様にお願いしにいこうか? 楓花が今すぐ学校を辞めて、俺のかわいいお嫁さんになってくれますようにと」
 あ、頭痛い。
 この男、一体どういった頭の構造をしているの?
 この男の頭の中こそ、構造改革をしてもらいたいものだわ。
 はあ……。
 というか、何!? そのこの上なく嬉しそうな微笑みは。
 その瞬間を想像して、思わず顔がふにゃっとにやけてしまいました、というような顔は。
 こ、こ、この男、どこまでもふざけた男だわね!
「……やめろ」
 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、そして呆れてしまって、もう怒鳴る気すら起こらない。
 この男、マジで一体、何なの!?
 訳がわからない!
 どこまでいっても終わりを迎えることがないくらい、ふざけた男よね。まったく!
 頭痛を覚え、完全に馬鹿にしきって一瞥しても、そんなもの、やっぱり高瀬の目にははいっていないらしい。
 にこにこと嬉しそうに、ふわりとわたしの頬をその大きくてあたたかい手で包み込む。
 わたしは相変わらずソファーにしずめられたまま。
 とうとう捕獲されてしまった気分。
 しかも、たちが悪いお腹をすかせたライオンに。
「ちょうどすぐ近くに神社があるし。他力本願、他力本願っ」
 そう言いつつ、つんつんとわたしの唇をつついて、その指を自分の唇にあてちゅっと音を鳴らす。
 だから、お願い、もうやめようよ。そんなふざけた発言も、行動も。
 それって全部が全部、無意味だと思うのだけれど?
 わたし、間違っていないよね?
 嗚呼……。
 わたし、この限りなくふざけた男に、どこまで振りまわされればいいの?
 ……というか、そんなものを願ってどうする!?
 それに、それ、使い方、微妙に違うし。
 それは、神様じゃなくて仏様だし。
 さらには、本願の力によって成仏することだし、それっ。
 国語教師なら、正しく日本語を使え!
 ……まあ、これは仏教用語だけれど。でも結局は、同じようなものでしょう?
 というか、わたしがかわりに成仏させてやろうか? 今すぐ! 後くされなく!
 この世界一害をなす男、害虫男が!
「やっぱり、怒った顔の楓花もかわいいよな。食べちゃっていい?」
「はあ!?」
 あまりにも馬鹿らしくて、そのまま静かにソファーにうまってた。
 すると、ふいに高瀬がそんな訳がわからないことを言ってきた。
 むすうとふくれて大人しくソファーにうずまっていることをいいことに、高瀬はわたしをぎゅむっと抱きしめる。
 だから、やめろ、この変態っ。
 というか、何!? それ、その言葉!
 た、た、食べちゃっていいって、それって、それってー!?
「大丈夫、痛くしないから……」
 高瀬は艶を帯びた声でささやくと、すっとその顔をわたしに近づけてくる。
 だから、待ちやがれっ。
 この上なくエロエロ教師め!
 というか、痛くしないって、それってどういう意味ー!?
 ふいっと顔をそらし、ぐいぐいと高瀬の顔を押し返す。
 だけどそんなものはこのドスケベペテン師にとってはたいしたことがないのは当たり前で、さらに強引にその顔をわたしに近づけてくる。
 どんなにぐいぐい押し返しても、そんなもの全然相手にならないと、どんどんどんどん近づいてくる。
 そして、最後にはやっぱりこうなる。
 シマウマは、お腹をすかせたライオンに、おいしくいただかれてしまう。
 ぐいっと強引に高瀬へ顔を向けられ、奪われた、キス。
 ちゅっと小さな音を鳴らせ、軽く触れる。
 そして、そのまま高瀬の胸にぎゅうと抱かれる。
「楓花、好きー!」
 高瀬はうかれ模様で、はしゃいだような声を出す。
 だから、何!? あなた!
 一体何がしたいの!?
 そして、この行動に、一体何の意味があるの!?
 もう訳がわからない! わからなさすぎ!
 というか、今すぐやめろっ。この変態!
 それから約一時間半後、うかれて壊れた高瀬からようやく解放された。
 この男、どれだけ理解不能な行動をとれば気がすむのだろう?
 これは、次世代にまで持ち越してもとけない、謎のような気がする。
 ――好き……と、また高瀬に言われた。
 高瀬の好きは、どうしてこんなに心をくすぐるの?
 ふざけていても、こんなに……。
 少し前までは、なんともなかったはずなのに。
 不思議。


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update:04/05/27