その指に輝くリング
ペテン師

 その後、残されたあと半分の夏休みも、やっぱりこうなった。
 訳がわからない壊れた高瀬に振りまわされ、唇を奪われまくられ、堪能される。
 そしてようやく迎える二学期。
 これで、一日中つきまとわれ、まとわりつかれていた高瀬の攻撃から、半分くらいは解放される。
 そう思うと、この上なく安堵を覚える。
 まったくもう、あの男、本当に訳がわからない。
 特に、夏休みに入ってからの高瀬は、意味不明。
 この暑さにやられちゃったとか?
 ……それもあり得ない。
 暑さだって、高瀬のペテンの技に恐れをなして、逃げちゃうというものよ。
 まさか、学校にいる時まで、高瀬のごろごろ攻撃がお見舞いされるとは思えないから、一日の半分くらいは救われると思う。
 だけど、訳がわからないのだけれど、ふざけるなと思うのだけれど、抵抗らしい抵抗をしていなかったわたしもたしかにそこにいた。
 あの噂は、ふざけた高瀬にもけっこうきいたらしく、残り半分はお外に連れ出そうとはしなかったし。
 だけどそのかわり、一日中家の中で、ごろごろごろごろ堪能されちゃっていたけれど。
 それでも、ちゃんと夏休みの課題をこなしているという辺り、わたしってやっぱりすごいと思う。
 ここだけは、自分で自分を誉めてあげたいわ。
 だって、シャープペンを持ち課題に挑むわたしに、高瀬は腕を絡ませたり、髪をいじったり……と、暇そうにじゃれてきたのだから。
 それはもう本当、猫のように。ごろごろと甘えて。
 そういう高瀬の攻撃を受けつつも、こつこつと課題をこなしていた。
 これって、ある意味、世界記録ものだと思わない?
 今度、本気で申請しようかしら?
 うちの年中春女と一緒に。


 新学期。
 二学期の始業式。
 今回は、前回の登校日と違って、いたって平和に登校できた。
 教室に入ると、満面の笑みを浮かべた浦堂が出迎えてくれて、そして一緒におしゃべり。
 まわりのお気楽極楽な連中も、まるでわたしを眼中にいれようとはせず、自分たちの会話にはなをさかせている。
 ほっ……と、一安心。
 残り半分の夏休み、努力した甲斐があったというもの。
 あまりものしつこすぎる高瀬のごろごろぶりに、途中何度かきれそうになったけれど、ぐっと我慢してよかった。
 そうして、時間が来て、体育館に集合。
 今から、だるーい校長先生の話を聞く始業式。
 ああ、もう、考えただけでどっと疲れが出る。
 本当、どうにかならないのかな? 校長先生の話。
 きっと、どこの学校もそうなのだと思うけれど、うんざりよね?
 一体、どこにそれだけ話すことがあるのかというくらい、だらだらと長くて無意味な話。
 そんなにだらだら話すなら、必要なところだけかいつまんで話してくれた方が、よほど頭の中に残ると思う。
 だらだらトークで疲れきってうんざりして、話の内容を頭の中にとどめる人なんて誰もいないと思うもの。
 長い長いゆうに三十分は越える校長先生の話が終わり、二学期の予定を告げる時となった。
 ちょっと偉めの先生が一人壇上に上り、ああだこうだと予定を告げるのよねー。
 ああ、これも面倒。そしてうっとうしい。
 二学期の予定なんてもう決まっているじゃない。体育祭と文化祭。
 それくらいしかないじゃない。
 うんざり顔で壇上を見ていると、そこに意外な人物が出てきた。
 だって、恐らくこんなところには絶対現れちゃいけないような人物が現れたのだもの。マイクを持って。
 ということは、すなわち、その人物が二学期の予定を話すということでしょう!?
 それって、いつも、生活指導や進路指導や……あとは暇そうな年配の先生の役目じゃなかった!?
 なのに何故、今回に限って、この教師なの!?
 学校一の人気教師高瀬昂弥、その男なの!?
 これは、とてつもなく嫌な予感がするのだけれど?
 そしてやっぱり、その役も、こねと権力と財力と……いや、今回に限っては、理事長の孫というその立場を利用して手に入れたのだな。
 まったくもう、この男ってばっ。
 というか、そんな面倒な役、どうして自ら?
 そこが、わからないのだけれど。
 まあ、高瀬の行動自体、もともと訳がわからないけれどね。
 壇上の高瀬が、左手にマイクを持ち、それをすっと口に持ってきた時だった。
 瞬間、体育館にどおという大歓声が響き渡る。
 歓喜に満ちた野太い声や、悲鳴に似た絶叫を上げる黄色い声。
 そして、思わず声を上げる……ということはさすがにしていなかったけれど、ぎょっとする先生たち。
 だ、だ、だってだって、それって、わたしでも驚かずにはいられないわよ!
 高瀬のマイクを持つ左手薬指には、きらりと輝くものがあるから。
 きらりと輝く、プラチナの指輪。
 そ、それって!?
「マリッジリングーっ!?」
 そんな叫びが、一斉に上がった。


「高瀬、待って!」
 始業式が終わり、呆けたようにそれぞれの教室へ帰っていく生徒たちの波から抜け出して、わたしはそう叫んでいた。
 職員室へ戻っていく高瀬の後を追いながら。
 他の生徒――特にキャピキャピ娘さんたちも高瀬を追いかけたそうだったけれど、それは見事先生たちに阻止されていた。
 だけどわたしは、日頃の行いから、「先生から頼まれごとをしていて……」などとそんなちゃちな嘘で、あっさり見逃してもらえた。
 そして、高瀬を追いかけてきた。
 職員室へ続くその廊下。
 わたしの呼びとめに気づいた高瀬は、ふふっと意地悪い笑みを浮かべ、わたしへ振り返る。
 それはもう見事に、「当然、追いかけてくると思っていた」と言いたげに。
 そして、すぐ横にあった誰もいない真っ暗な印刷室へ、強引に連れ込まれる。
 瞬間、ぴしゃりと扉は閉められ、一緒にがちゃりと鍵もかけられた。
 窓ひとつない真っ暗な密室で、二人きり。
 普段なら、こんな状況になったら危機感を抱くはずなのだけれど、今のわたしはそんなものを抱く余裕などなかった。
 だって、そんなものより、もっと気になることがあるから。
「ねえ、高瀬、どうしていきなり? 何? その指輪!」
 そう、それ。
 今最もわたしが気になることは、それ。
 それ以上に気になるものはない。
 ぐいっと高瀬の左手をとり、べしっと叩いてやった。
 だって……なんだかむかつくもの。
 むうと頬をふくらませ、ぎろりと高瀬をにらみつける。
 すると高瀬は、訝しがるわたしなんておかまいなしに、あっけらかんとこう答えた。
「ああ、うっとうしいからな、キャピキャピとあの連中。それに、またこの前と同じようなことがあったら困るだろう?」
 高瀬はわたしの手からするりと手を抜き取り、ふわりとわたしを抱き寄せる。
 高瀬の腕の中から、やっぱりわたしは怪訝に高瀬をにらみ上げるだけ。
「でも、高瀬、理事長の孫だし、握りつぶせるんじゃないの?」
 言っていることがいまいち信じられないと疑わしげにそう言うと、高瀬はふと目を細め、優しくわたしを見つめてきた。
「もちろん、しようと思えばできるが、生徒の感情まではな。その後、お前に危害が及ばないとも限らないだろう。だから、これはある種の予防だよ」
 そう言って、高瀬はふわりとわたしの前髪を優しくかき上げる。
 そうかと思うと、そのまま髪をなで、頬を包み込む。
 大きくて、あたたかくて、優しい手で。
 きゅうんと胸が小さな悲鳴を上げて、思わずきゅっと目をつむってしまった。
 気持ちよく感じてしまったから。
 高瀬のその手を、わたしを包むその手を。
 高瀬はくすくすと嬉しそうに小さく笑い、やっぱりわたしの唇を奪っていく。
 真っ暗な印刷室、二人きりの密室で、わたしをきゅっと抱きしめる。
 その指に輝くものを全校生徒に見せびらかすためだけに、高瀬は面倒な役を奪い取ったみたい。
 まったくこの男は、普通そこまでする?
 本当、訳がわからない。
 ……というか、しようと思えばできるって、さりげなく恐ろしいことを言う男ね、やっぱりこの男って。


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update:04/05/31