やきもちやきなペテン師
ペテン師

「南川! どこへ行っていたんだ。探したぞ」
 心配そうな顔をした浦堂が、わたしへ駆け寄ってくる。
 高瀬と別れてすぐ後のこと。
 突然、生徒の波から姿を消したわたしを心配して、ずっと探してくれていたみたい。
 そう思うと、少し申し訳ないような気がする。
 だってわたし、その間、真っ暗な印刷室の密室で、高瀬と――。
 まあ、それは、わたしが望んだことじゃないけれどね。
 すべて、あの俺様ライオンの野生の本能に好き放題された結果。
「浦堂くん、ごめん。ちょっと野暮用で……」
 高瀬とそんなことをしていたなんて当然言えるはずもなく、苦しい言い訳を試みる。
 だけどやっぱり、この賢い浦堂には、そんな言い訳が通じるはずもなく、
「野暮用って何だよ。こんなところでこんな時に、野暮用も何もないだろう?」
 などと少し訝しがるようにわたしを見てくる。
 うう……。
 ご、ごめんっ。
 でもでも、たとえ浦堂でも、本当のことは言えない。
 だから、思わず、ふいっと浦堂から視線をそらしてしまった。
 すると浦堂は、急に険しい表情になり、「ごめん……」とぽつりつぶやいた。
 どうやら浦堂は、聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったらしい。
 ばつが悪そうに、ふいっとわたしから視線をそらした。
 まあ、たしかに、聞かれてはこの上なくまずいことなのだけれど。
 そんな浦堂に、わたしはやっぱりうしろめたいような、罪悪感のようなものを感じる。
 本当は嘘なんてつきたくないけれど、ことがことなだけに嘘をつかずには、隠さずにはいられない。
「それより、席につこう? もうすぐ先生もやってくると思うし」
 浦堂はそう言いながら、すっとわたしの手を取ってきた。
 そして、ぎゅっと握られる。
「う、浦堂くん!?」
 浦堂の突然のその行動に、もちろんわたしはぎょっと見つめずにはいられない。
 すると浦堂は、少し切なそうな目で、訴えかけるようにわたしを見つめてくる。
 「だめ……? だけど、早く席につきたいから」と、そう言うように。
 たしかに、だめ、ではない、と思う。
 浦堂はただ、純粋にわたしの手を引いて、席へと連れて行ってくれようとしているだけだと思うから。
 うん、きっと、多分そうに違いない。
 どこかのペテン師みたいに、その下でまったく別のことを考えているとは思えないし。
 だから、振りほどけるわけがない。
 ただちょっと驚いただけ。
 今まで、高瀬以外の男の人に触れられたことがなかったから。
 うん、きっとそう、そうに違いない。
 別に、わたし、意識過剰なことなんて全然考えていないからね!
 そんなことがあってはならないもの。
 よりにもよって、このもてもての優等生相手に。
「南川、宿題終わっている?」
 席につくと、浦堂がふいにそんなことを聞いてきた。
 わたしの後ろの席につき、そこからわたしの顔をのぞきこむようにして。
 わたしも席についたはいいけれど、体は後ろの浦堂に向けているから、当然その問いに答えないわけにはいかない。
 もともと、浦堂との会話を続けようとしていたわけだし。
「うん? 終わっているよ。ぎりぎり」
「そう、俺も。今回の課題、結構多かったよなあ」
 そうして、何気ない会話が続けられる。
 ……というか、この会話に何の意味が?
 そう思わないこともないけれど、でもきっと多分、これが、何気ない友達同士の会話なのだと思うから、あえて何も言わないけれど。
 そして、何気なさを装い続けるけれど。
「じゃあさ、今日の放課後、暇?」
「え?」
 またしても、脈絡なく告げられた浦堂のそんな言葉。
 わたしは首をかしげずにはいられない。
 きょとんと、浦堂を見る。
 すると浦堂は、一瞬苦笑いを浮かべ、すぐににっこり微笑んできた。
「放課後、一緒にどこかへ行かない? 本当は夏休みに一緒に遊びたかったけれど……全然連絡がとれなかったから」
 浦堂はそう言って、机の上においていたわたしの手に、そっとその手を重ねてきた。
 そしてそのまま、きゅっと握る。
 え……?
 というか、何? これ、この言葉。そして、手っ!
「う、浦堂くん!?」
 浦堂の手が触れた瞬間、思わずぴくんと体を硬直させてしまった。
 ぎょっと浦堂を見つめる。
 浦堂は、少し困ったように苦笑いを浮かべる。
「デートの誘いなのだけれど……駄目かな?」
 そして、あっさりさらっととんでもない言葉をもたらした。
「そ、それって……?」
 何が何やら、思考が止まりかけのその頭で、一応それだけ言うことができていた。
「もちろん、そういう意味」
 そんないっぱいいっぱいのわたしに追い討ちをかけるように、浦堂はさらに続ける。
 わたしの手を握る手に、もう少し力を入れる。
「でもでも……急すぎる。今までそんなの全然……」
 わたしは浦堂から視線をそらすことしかできなかった。
 ふいっとうつむいてしまった。
 そんなわたしに浦堂は、また苦笑いを浮かべる。
 浦堂もまた、それしかできないよう。
「急じゃないよ。テスト最終日のあの日も、本当は誘うつもりだった」
 ついっと顔を近づけ、浦堂はそっとわたしの耳元でささやいた。
 同時に、わたしの耳に、ふうと浦堂の吐息がかかる。
 その瞬間、ぞくぞくと、何かがわたしの体を駆け抜けた。
 ぞくぞくは、高瀬にふうとされた時も感じるけれど、それとはまた違ったぞくぞくのような気がする。
 このぞくぞくは、……幸せな気分になれない。
 高瀬のふうは、きゅっと胸が締めつけられるような、だけど決して嫌なぞくぞくじゃない。
 むしろ、心がぽっとあたたかくなるようなそんな感じ。
 でも浦堂のぞくぞくは、全然嬉しくなくて、心もあたたまらない。
 ただ、吐息がかかっているだけ。そうとしか感じられない。
 どうして?
 わたしは、高瀬は嫌いだけれど、浦堂は嫌いじゃないはずでしょう?
 むしろ、好感を持っているはずなのに?
 心と体は、別物ということ?
 そう思うと、きゅっと胸がしめつけられた。
 このきゅっは、何か切ないような気がする。
 少しの淋しさと罪悪感も含まれているようなきゅっ。
 だってわたし、迷うことなく答えを出してしまったから。
 どうして迷わないのか、それも不思議に思うけれど。
 だけど、わたしの心は、もう迷うことを知らないみたい。
「浦堂くん……。あのね……」
 顔を上げ、そう言おうとした時だった。
 ふいにわたしの体は、ぐらっと後ろにゆらいだ。
 そして、威圧のこもった、それでいて不機嫌な、あの恐ろしい声が降り注いできた。
「こんなところでナンパとは、いいご身分だな。だけど、こいつはやめておけ。必ず後悔するぞ」
 今まで、少し困ったように、そして切なそうにたたえられていた浦堂のその表情が、瞬時にきっと険しいものとなった。
 だって、今、まさに今、わたしの頭の上に、俺様ちっくににやりと微笑む男がいるから。
 いきなり現れ、そんなことを言った高瀬に向けられた、浦堂の険しい眼差し。
 いきなり現れ、ぐいっとわたしを引き寄せた高瀬が向ける、浦堂への厳しい眼差し。
 その二人の眼差しが、ちょうどわたしの上でぶつかり合っている。ばちばちと火花を散らしている。
 ねえ、これって……?
「まさか。そんなことはありませんよ。南川はいい子ですから」
 これでもかというほどにっこりと、あてつけるように浦堂が微笑んだ。
 ナンパ≠ニいうその言葉を否定することなく。
 今まさにわたしを拘束している高瀬へ向けて。
 そして、さらに続ける。
「まさか、先生、そうして邪魔をするということは、教師が生徒を……などと馬鹿なことは考えていませんよね? ――ああ、邪推ですか、これは。先生には、れっきとしたお相手がいらっしゃるようですから、無粋なかんぐりでしたか?」
 そう言って、今度は浦堂がぐいっとわたしを引き寄せる。
 わたしの腕をぎゅっとつかむ。
 わたしは、高瀬の胸の中から浦堂の腕の中へと瞬間移動。
「優等生にしては、いやに柔軟な頭の持ち主だな」
 そう言いつつ、今度はまた高瀬の胸の中に取り戻される。
 そして、高瀬も浦堂に負けずに、にっこりと極悪な微笑みをたたえている。
 無駄にさわやかさをふりまいて。
「お誉めにあずかり光栄ですよ、先・生」
 浦堂にしてはどこか嫌味っぽく言ったかと思うと、またわたしは浦堂の腕の中へ瞬間移動していた。
 ……あのね。
 わたし、ものじゃないのですけれど?
 いや、今はそんなことを言っている場合じゃなかった。
 こ、これじゃあ、さすがのわたしでも気づくわよ。
 この二人、もしかしなくても、仲がとてつもなく悪かったりする?
 浦堂はものわかりがいい優等生くんだと思っていたけれど、実はそうじゃなかったみたいね。
 恐らくはまがりなりにもくさっても教師相手に、ここまで闘争心をむきだしにできるくらいだから。
 やはり、一緒に高瀬を鬼教師とののしった仲なだけはある。
 わかる人にはわかるのね。高瀬がこの上なく腹立たしくさせてくれる男だと。
 ――というか、さりげなくお気楽極楽クラスの連中の注目を浴びているこの状況、とてつもなくまずかったりする?
 こんなところで、こんなことをはじめちゃったりしたから。
 嗚呼もう、高瀬の馬鹿。
 あなた、やっぱり、三国一の大馬鹿者だわっ。
 それでもやっぱり、高瀬の指輪のお相手は、謎のまま。


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update:04/06/04