ご機嫌ななめなインチキ先生
ペテン師

「もう! 高瀬、うっとうしい! 一体、いつまでそうしてすねているのよ!?」
 誰もいない放課後の図書室。
 ここにいるのは高瀬とわたしだけ。
 家じゃ落ち着いて勉強もしていられないから、ここで宿題を片づけてから帰宅しようとしていたのに、結局同じじゃない、これじゃあ。
 シャープペンを持ち宿題に向き合うわたしの首に、巻きつくこの腕があっては。
 そして、すりすりと頬をすり寄せてくる高瀬の顔があっては。
 この変態教師!
 すりすりと頬をすり寄せ、いつもとは違って、むすうとふくれている高瀬。
 わたしを堪能する時の高瀬は、決まって嬉しそうなのに、それなのに今日はなぜかご機嫌ななめ。
 一週間前の始業式の日のあの出来事から、高瀬はずっとご機嫌ななめのまま。
 それほど、浦堂との戦いは、高瀬にとってはおもしろくないものだったの?
 まあ、わたしにはどうでもいいけれど。
 いや、やっぱりどうでもよくない。
 だってこの男、本当にしつこいんだもの。
 お気楽極楽な連中ばかりが集まったこの学校では、放課後にわざわざ図書室に来るなんてそんな奇特な生徒はわたしくらいなもので、ここはいつもがっらがらのすっきすき。
 司書の先生すらいないというところに、呆れずにはいられない。
 二人きりの放課後の図書室。
 それをいいことに、誰もいないのをいいことに、高瀬はついさっき乱入してきて、わたしにすりすりごろごろ。
 嗚呼、もう、この男はっ。
「いい加減、機嫌をなおしなさいよ。ちゃんと断ったでしょう? それで十分じゃない」
 わたしの首に絡む高瀬の腕を、シャープペンでぷすっと一刺し。
 この男には、これくらいしてやっても罰はあたるまい。
 だけど、高瀬は相変わらず、ぎゅむうとわたしを抱きしめたまま。
 後ろから、その腕をわたしの首に絡ませ、ごろごろと。
「……というか、あれから一体、何日たったと思っているのよ? 一週間! 一週間もたったのよ! あなた、本当に馬鹿!? しつこすぎる!」
 そう怒鳴り散らすも、わたしはその腕を強引に引き離すことはしなかった。
 誰もいない放課後の図書室。
 ただ、赤く染まった陽の光だけが差し込む。
 傾きかけた太陽だけが、わたしたちの姿を映している。
 わたしたちを見ているものは、それだけ。
 たった二人だけの、広い広い、そして静かな図書室。
 ……だから、まあ、いいかという感じ。
 ここなら誰かに見られるという心配はあまりなさそうだし。
 まあ、考えがあまいかもしれないけれど、いい加減、このうっとうしい男に機嫌を直してもらわないとわたしも困るから。
 本当、家の中まで辛気臭くなっちゃって嫌なのよね。
 それに……あたたかいから。
 肌寒くなりかけたこの図書室では、高瀬が触れているところがあたたかいから。
 だから、高瀬はただの防寒具のようなもの。
 うん、ただそれだけの存在。
 それ以外は、認めてやらない。
 それ以外では、触れさせてやらない。
「じゃあ、楓花が……抱かせてくれたら機嫌を直す」
 甘えるようにそう言ったかと思うと、高瀬はぐいっとわたしの体を一八〇度回転させた。
 そして、にっこり微笑む。
 こ、この男はっ!
「子供か!」
 そう怒鳴るも、高瀬はいつものように俺様。わが道を突き進む。
 にやっと微笑み、ちゅっとわたしの頬に口づける。
 ――というか、もう十分機嫌が直っているのじゃないの? それ……。
「よしっ。決まり」
 高瀬は勝手に一人で決めて、先走る。
 ぎゅうとわたしを抱きしめる。
 その大きくてあたたかい胸の中に、すっぽりとわたしをおさめてしまう。
 とくんとくんと心地よい音を鳴らす高瀬の胸。
 ふわっと意識が遠のきそうになる。
 だけど、瞬時にわたしは我に返る。
 だって、このままこの男に身をゆだねていては、とんでもないことになるとわたしは知っているから。
「ちょっと、まだ許可を出していないでしょう!」
 そう怒鳴りながら、やっぱりぐいぐいと高瀬の胸を押し返す。
 でもそれは、いつものように無駄な抵抗となる。
「そんなもの、どうでもいいよ」
 やっぱり、さらっと高瀬にかわされてしまう。
 もう、決まりきったこのパターン。
 だから、わたしもふと力を抜いてしまって、そのまま高瀬にされるがまま。
 こつんと高瀬の胸におでこをうちつけて、そしてそのままぽすっと高瀬の胸に身を沈める。
 このあたたかくて優しい空間が、今ではいちばん心地いい場所だから。
 ついつい抵抗を忘れて、高瀬の思い通りにさせてしまう。
「まったく……。あなたという男は」
 だけど、そう毒づくことも決して忘れない。
 うん、さすがは楓花さまだわっ。
「なあ、楓花。ここでキスするのって、どんな気分だと思う?」
「はあ!?」
 大人しく高瀬の胸におさまっていてやると、ふいにそんな訳がわからないことを言い出した。
 というか、何!? それ!
 この男は、また調子にのりやがって。
「だから、こういう場所でキスすると、盛り上がるのかなあと。どうだ? 試してみないか?」
 高瀬はにやにやと微笑みながら、半分からかって遊んでいるように言ってくる。
 だから、この男は……っ!
「たわけっ」
 当然、あまりにも馬鹿馬鹿しくてふざけた高瀬の発言に、ぶにっとパンチを食らわせる。
 だけどそれは、全然力を入れていない、ふれる程度のパンチ。
 わたしにしては、ずいぶん寛大になったと思わない?
 どこまでもふざけたこの男に、この程度の制裁ですませてやるなんて。
 まあ、もう、半分以上、呆れてしまってあまりまともに相手にする気がないというのが正解かもしれないけれど。
 パンチを食らわしたわたしの手をとり、高瀬はやっぱりにっこりと嬉しそうに微笑む。
 ああ、もう、はいはい。
 お好きにどうぞ。
 駄目だと言っても、どうせするのでしょう?
 そう思い、ふうとため息をもらした時だった。
 やっぱり降ってきた。
 そして、重なった。
 赤い光が差し込むその部屋に、赤い光に包まれる中、口づけをかわすように二人のシルエットが浮かび上がる。
「楓花、やっぱりかわいいな?」
 ゆっくりとわたしの顔から高瀬の顔がはなれていって、次にもらされた言葉がそれ。
 高瀬は嬉しそうに幸せそうに微笑み、さらっとわたしの髪をなでていく。
 その目はまるで、「ほら、言った通り。やっぱり気分最高」などと言っているよう。
 本当、この男は、どこまでいっても自分勝手で自己本位なのだから。
 でも、そんな高瀬を、じっと見つめるわたしもここにいる。
 なんだか、もう本当に、わたし、完全に高瀬に流されちゃっているのかもしれない。
 だって、こんな危険な場所で、こんな危険なことを許しちゃっているのだから。
 それにやっぱり、高瀬のキスは麻薬だから。
 わたしはまた、ぽてっと高瀬の胸に頭をゆだねてしまった。
 高瀬の胸を、腕の中を独り占めするように。
 この瞬間が、妙に心地よくて、幸せに思える。
 その時だった。
 こつこつと、廊下の向こうから近づいてくる誰かの足音がした。
 それで、わたしたちははっとなり、思わずばっと体をはなしていた。
 その瞬間、やっぱりいつかのように、触れ合っていた肌にすうと冷たさを感じる。
 空気がこんなに冷たいなんて今まで知らなかった。
 体をはなしただけで、こんなに寒くなるなんて……。
 まだ暑さが残る九月のはじめだというのに。
 そして、意外。
 高瀬にもちゃんと、一応は、世間一般並みの常識は備わっていたみたいね。
 こんなにもあっさりと、わたしを解放したのだから。
 でもまあ、それは、反射的にはなしたみたいだけれど。
 だったら、最初からするなという感じだけれどね?
 ばつが悪そうに、失敗したというように、そしてもったいないと、わたしを見つめる目がそう言っている。
 この男にも、一応は、いけないことをしているという自覚はあるらしい。
 と思ってやっていたのに、これではもう、まったく……。
 こつこつという足音は、何故だかここ、図書室の扉の前でぴたっと止まった。
 え……?
 それはつまりは……?
 少し状況判断に戸惑っていると、高瀬はいつの間にかわたしの前からちゃっかり消えていた。
 ……まったく、この男は。こういうところだけはぬかりがないのだから。
 はいはい、そうですよねー。
 ここで二人きりでいると、さすがにまずいものねー?
 だから、自ら姿を隠してくれたのねー?
 ……あれ?
 でも高瀬、わたしたちの関係がばれた方が何とかと言っていなかった? たしか……。
 ――もう、馬鹿。
 結局は、そうじゃないのじゃない。
 結局は、ちゃんと考えているのじゃない。
 本当、素直じゃない男よねえ……。
 そう思うと、思わずくすくすと笑ってしまいそうになる。
 その時だった。
 やっぱり、開かれたのは、この部屋、図書室の扉だった。
 そして、開けられた扉から姿を現したのは、我がクラスのもてもて委員長浦堂要、その人だった。
「やっぱりここにいた。南川、探していたんだ」
 そう言って、浦堂は優しくわたしに微笑みかける。
 そんな浦堂に、わたしも何事もなかったように微笑みを返す。
 じわりと、握る手の中に嫌な汗を感じながら。
「どうしたの? 浦堂くん」
 今ここに高瀬がいたことがばれていないようでよかったと、冷や汗を感じながら。
 もうすぐ、陽が沈む。


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update:04/06/08