胸に抱く想い
ペテン師

「あ……。実は……」
 ぴしゃんと扉を閉め、浦堂がゆっくりとわたしのもとへ歩いてくる。
 どこかそわそわと、そして言いにくそうにそうつぶやく。
 だからわたしは、きょとんと浦堂を見る。
 だって、本当にどういうことかわからないから。
 こんな時間まで、わざわざわたしを探していたということ?
 そこまでする用事が、浦堂にはあったということよね?
 わたしには、まったく見当がつかないのだけれど?
 文化祭のことはもう文化委員へおしつけ返しちゃったから、それではないと思う。
 それに、浦堂と何かを約束していた覚えもない。
 んー、なんだろう?
 首をかしげるわたしのもとまでやって来た浦堂は、くすりと笑い肩をすくめた。
 少し困ったように、少し悲しそうに。
 まるで、この状況を理解できていないわたしに、「鈍いよねー」というように。
 それは、決してわたしをせめているのじゃなくて、自分自身を嘲笑っているよう。
「南川、もう気づいていると思うけれど、言っておきたいことがあるんだ」
 浦堂はそう言うと、熱く、けれど切なそうにわたしを見つめる。
 それが、こんな時間までわたしを探す、浦堂の理由?
 この瞳は、浦堂がわたしを見つめる瞳は、見たことがある。
 それは、いつもわたしを見る時の高瀬の瞳と似ている。
 ――え? ということは……?
「南川、俺は君が好きだ」
 とらえるようにわたしの目を見つめ、浦堂はきっぱりとそう言い切った。
 そらすことなく、浦堂の目はわたしの姿を映している。
「あ……。あの……それは……?」
 思わず、そんな浦堂のまっすぐな視線から目をそらしてしまった。
 だって、なんだかちょっと恥ずかしいもの。
 前触れなく、いきなりそんなことを言うから。
 一瞬、聞き違いかと思った。
 一瞬、思考が止まったような気がした。
 理解できなくて、その言葉の意味が。
 そ、それに、それはちょっと急かもしれない。
 だってだって、今までそんな素振りは――。
 ……あった、かもしれない。
 そう、あったかもしれない。
 一週間前。
 高瀬と浦堂とのあの一件。
 あれで、わたし、なんとなく気づいていたかもしれない?
 高瀬と浦堂は、実は仲が悪かったとかそういうのじゃなくて、もっと別のこと。
 そう、このこと。
「ずっと見ていたんだ。ずっと好きなんだよ、南川のこと。入学式のあの日から」
 肩をすくめ、困ったように微笑む浦堂。
 それは、ぽかんと浦堂を見つめるわたしがそこにいたからかもしれない。
 この状況を、いまいちよく理解できないという顔をしているわたしが、浦堂の目の前にいる。
 わたしの頭はまだ、浦堂がさっき言った言葉の意味を考えている。
「保健室に南川が入ってきた時、その時の南川に、……恋していた。見た瞬間。一目ぼれというやつかな? これは……」
 一歩、わたしと浦堂の距離が縮められた。
 それは、浦堂が、一歩わたしへと歩みよったため。
 そして、ふわっと触れる。
 浦堂の手が、わたしの頬に。
 それから、絡まる。
 浦堂の両手が、わたしの首に。
 最後に、まわされた。
 浦堂の両腕が、わたしの背に。
 気づけば、抱き寄せられていた。
 ふわっと優しく。
「あの時から、ずっとこうして南川に触れたかった。本当は、もう少しゆっくり南川に伝えていきたかったけれど、途中で予定外の邪魔がはいったから、こんな焦ったようなかたちになってしまった」
 抱き寄せたわたしの耳元で、浦堂はささやくようにそう告げてくる。
 ふわっと浦堂の吐息がわたしの耳にかかる。
 だけどやっぱり、何も感じない。
 高瀬の時みたいに、きゅっと胸がしめつけられるような、そんなあたたかい気持ちにはなれない。
 それって、どうして?
 ふとわいたそんな疑問に意識をやっていると、浦堂の言葉が続けられた。
 やっぱり、わたしの耳元でささやくように。
「……急がなくていいから、返事を聞かせて欲しい。俺はずっと好きだから、南川のことを」
 そうして、わたしの体は浦堂からゆっくり解放されていく。
 優しくて、そして少し切なそうにわたしを見つめる浦堂がそこにいる。
 そんな浦堂を見て、わたしの胸はぎゅうとわしづかみされたような苦しみを感じた。
 そして、浦堂を見つめ、わたしは告げる。
 そのことを。
 急がなくてもいいと言われたけれど、わたしの答えはこれしかないから。もう出ているから。
 疑問の答えは、最初から出ていたのかもしれない。考えるまでもなく――。
「あ、あの……。浦堂くん、あのね……」


 もう真っ暗になってしまった図書室にいるわたしの前に、ゆっくりとひとつの人影が現れた。
 それは、今までこの部屋のどこかに隠れていた高瀬。
 苦しそうにわたしを見つめ、何かを言いたそうにその口が小さく開く。
 だけど、すぐに何も語られぬまま閉じられてしまう。
 かわりに、わたしは高瀬の腕の中にいた。
 のぼりはじめた月の光に照らされる夜の図書室。
 煌々と、黄色い月が輝いている。
「お前……。あれ、どういう意味だったんだ?」
 そして、ぎゅうとわたしを抱きしめ、ようやく高瀬が口を開いた。
 やっぱり、どこか辛そうで、苦しそうに。
「どういうことって……そのままの意味じゃないの?」
 大人しく高瀬に抱かれてやるわたしは、高瀬の胸の中でぽつりつぶやく。
 ふわっと香る高瀬の甘い薔薇の香りを感じる。
 じわっと伝わってくる高瀬のぬくもりを感じる。
 肌寒い夜の図書室。
 冷えたわたしの体には、高瀬のぬくもりが妙に心地いい。
「ちゃんと話したでしょう? 高瀬が言ったのだからね、最初から男を寄せつけないのじゃなくて、ちゃんと向き合って話せって。だから、わたしは……」
 そこまで言いかけた時だった。
 ぐいっと顔を引き上げられ、押しつけるようにキスをされていた。
 強引に、高瀬の唇がわたしのそれに重ねられる。
 今までにない、乱暴なキスのように思えた。
「ちょ、ちょっと! 高瀬!?」
 そんな高瀬の顔をぐいっと引き離し、非難するようにぎろっとにらみつけてやる。
 だって、だって、これってあんまりじゃない!?
 たしかに、これまでだって何度もむりやりキスされたけれど。
 こんなに強引で力まかせなキスって……。
 これじゃあ、いつも感じる麻薬キスじゃない。
 そんなキスはいらない!
 そんなキスは許してやらない!
「楓花……。楓花は俺のものだよな?」
 わたしの非難の眼差しなんて、まったくその目には入っていないらしい。
 高瀬はとても苦しそうにわたしを見つめている。
 そして、もう我慢できないといっている。
 抑えられないと。その感情を。
 高瀬の思いすべてを、容赦なく降り注がれているような錯覚に陥る。
 そんなに熱く、切なく、そして愛しそうに見つめられては、わたし……。
 高瀬はそらすことなくわたしを見つめ、わたしを抱きしめ、キスを落とす。
 今度は、優しく。
 そして、熱く。
 わたしは高瀬のものだと主張するように。
 ――高瀬の問いに答えるわたしの言葉はない。
 だけど、言葉のかわりに……。
 気づけば、いつの間にか、わたしも腕をまわしていた。
 高瀬の背に。
 大きくて広い、そしてあたたかい高瀬の背。
 こんなの、はじめて。
 それは、高瀬のそれにこたえるようにまわされていたから。
 わたしの高瀬の背にまわす腕。
 それが、わたしの答えだったかもしれない。
 そして、今ようやくわかったような気がする。
 あの日、人気教師の恋愛遍歴事件の時に向けられていた視線は、浦堂のものだったんだ。
「ごめん、浦堂くん。わたしには……他に好きな人がいるから……」
 それが、あの時、わたしが浦堂に出した答え。
 気づけばそう言っていたわたしが、よくわからない。
 今までとは違う返事。
 その好きな人って……一体誰?
 どうしてそんなことを言ってしまったの?
 それは、わたし自身にもすぐに答えを導けない、難問。謎。


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update:04/06/12