禁じられた遊び
ペテン師

 かたん……。
 国語科教官室の扉に触れたような、そんな音がした。
 だけどやっぱり、わたしも高瀬もそんなことに気づく余裕はない。
 ただ、頬に触れる高瀬の手を、ぐいぐい引きはなそうとするわたしがそこにいる。
 そして、何がなんでも引きはなされてなるものかと対抗する高瀬がそこにいる。
 もちろん、どちらも本気じゃない。
 わたしの頬に触れる高瀬の手は相変わらず優しくて、そんな高瀬の手を握るわたしの手は熱い。
「オムライスなんて嫌っ。それって、子供みたいじゃない」
 そして、結局根負けしてしまったわたしは、そのまま高瀬に触れさせてやる。頬を。
 すると当然、高瀬のごろごろ猫さん攻撃開始。
 気持ちよさそうにわたしを堪能しはじめる。
 堪能しつつも、ちゃんとわたしの言葉に言葉を返してくる。
 ……やっぱり、どことなく、めちゃくちゃ腹立たしい答え。
「そうしてわがままを言う時点で、すでに子供。何でもいいと言ったじゃないか」
 そんな意地悪な言葉とともに、高瀬はふうと耳に息を吹きかける。
 こ、この男っ。
 だから、耳はやめろと言っているでしょう。
 もう、馬鹿!
「子供じゃないもん! それに、こっちにも拒否権というものが……」
「ない」
 多少押され気味のわたしは、そうして対抗を試みる。
 だって、高瀬に負けるのは、どうにもこうにも悔しいから。
 でも即座に、さらりと蹴散らされるのもここ最近では当たり前になりつつあって悔しい。
 だって、「ない」と、さらりと否定された瞬間、奪われちゃっていたから。
 それはもう、本当、当然のように。ごく自然に。
 抵抗の余地すら与えず。
 そっと重ねられていた、高瀬の唇。
 だからわたしは、むうと高瀬をにらみつけてやる。
 当然、悔しいから。
 どうしてこの男は、こんなに簡単にすぐにわたしの唇を奪っていくのよ。
 本当、腹立たしい!
「馬鹿! こんなところでこんなことをして、誰かに見られたらどうするのよ!?」
「別に?」
 またしても、高瀬はさらっと流す。
 しかも、無意味にさわやかな微笑みを浮かべて。
 こ、この男は、まったく……。
「ばかあ……」
 だから当然、わたしの拳がお見舞いされる。
 高瀬の頬にクリーンヒット。
 でも、それはやっぱり全然痛くはない。今はもう。
 しかも、高瀬はわたしのパンチを食らった瞬間、にこにこと無駄に天使の微笑みをふりまきやがる。
 だからやめろ。その微笑みは、どうにもペテン師の微笑みに見えてならないのだから。
 かあとほてらされたわたしの顔が、高瀬の目の前にあるから、喜ぶなという方が無理なはなしかもしれない。
 だけどやっぱり、悔しい。
 何だか高瀬の思い通りという感じで。
 悔し紛れに、ぎろっと高瀬をにらみつけてやる。
 だけど高瀬は、相変わらず嬉しそうににこにこ微笑んでいる。
 ぎゅっとその腕にこめる力をいちだん強くして、もうわたしに逃れる余地すら与えてくれない。
 そしてまた、嬉しそうにその顔をわたしの顔に重ねてくる。
 もう、この男。本当、誰かどうにかして。
 この男をどうにかできるのなら、誰でもいいから。
 ここまで危機感がない男だったなんて……。
 そんなの、知っていたけれど。
 はあ……。
 でも、だからといって、高瀬の暴挙をいつまでも容認できるわけがない。
 だってここは、学校なのだもの。家じゃないのよ?
 そう思って抗おうとしても、体に力が入らない。
 頭がぽわーんと、ぼうっとしてきちゃう。
 流れるように、すべてがどうでもよくなってきてしまう。
 そのまま高瀬を受け入れる。
 そのまま高瀬とキスをかわし続ける。
 高瀬のキスから、逃れられない。
 やっぱり、高瀬のキスは、どうにも麻薬に思えてならない。
 高瀬にキスをされるたび、高瀬の思いが伝わってくるよう。
 高瀬は、本当に、わたしのことが好き……なのかもしれないと、そう思うようになってしまった。
 そして、もう少し、ほんの少しだけなら、好きなようにさせてやっていてもいいかな?と、そんな甘い考えまで出てきちゃう。
 ああもう本当、わたし、高瀬に流されまくっている。
 その考えがまずかったのかもしれない。いけなかったのかもしれない。
 だってこの時、少し開けられた国語科教官室のその扉から、じっとこちらを見ている視線に気づけなかったから。
 険しい顔で、ぶるぶる震える体で、怒りをこらえるように教官室の中をにらみつけている。
 その視線の持ち主は、真っ青な顔をしていた。
 そして、わたしは知らない。
 その人物が、この後すぐにこんな会話をかわしていたことを。
「あれー? 浦堂くん? 何しているのー?」
 キャピキャピと無駄にハートをばら撒きながら、視線の人物に話しかけるキャピキャピ娘さん数人。
 その声にびくっと体を震わせる視線の人物。
 そして、「なんでもない」と、慌ててぴしゃっと閉じられ……ようとする国語科教官室の扉。
 そんな行動は、このキャピキャピ娘さんたちにかかれば無意味なものだったようで、あっさりと阻止されていた。
 そして、のぞかれる。
 キャピキャピ娘さんたちに、国語科教官室の中を。
 彼女たちはその時、とんでもないものをその目にしてしまった。
 そう、それは、まさしく、流されるように高瀬にキスをされているわたしの姿。
 担任教師が、生徒に手を出しているその場面。
 禁じられた恋の一コマ。
 ――あくまで、世間一般には。
 わたしの中では、まだ恋じゃない。
 ここだけは、やっぱりゆずれない。


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update:04/06/20