ペテン師の恋
ペテン師

 高瀬は胸の上にわたしを抱き、そしてわたしを愛しそうに見つめながら語りだす。
 それは、高瀬が聞いてと言ったこと。
 昔語りのように、思い出を語るように言葉をつむぐ。
 でもその話にこめられた思いは、間違いなく現在進行形。
 わたしに優しいキスを落とし、語られていく。
 わたしも大人しく、高瀬の胸の中でそれを聞く。
 不思議。
 やっぱり、不思議。
 このあたたかくて優しい空間にいると、妙に素直な気持ちになる。


 俺が楓花をはじめて目にしたのは、入学式の日だった。
 入学式が終わり、新入生たちはそれぞれ、ぞろぞろと式場を後にしていく。
 しかし、楓花はすぐには退場しなかった。
 しばらくその場に残り、生徒たちが出て行くことを待っていた。
 そして、落ち着いた頃、ようやく式場から出て行った。
 その時は、「たしかあれは、代理で新入生代表挨拶をした……? 気の毒に」そう思う程度だった。
 何しろ、俺でもわかってしまったから。
 楓花が壇上に立ったその時、一瞬式場の空気がぴりりと張り詰めたことが。
 だから、気の毒、素直にそう思えた。
 また、ほとんど生徒たちがいなくなってから式場を出るその行為にもうなずけた。
 きっと、楓花も感じたのだろう、あの空気。
 だから、他の生徒たちと一緒に帰ることができなかった。
 出だしからついていない子だなと、そう思った。
 これから楓花に待ち受けているものを思うと――。

 それから、式場をゆっくり後にしていく楓花を見届け、俺も式場の講堂から出た。
 するとその瞬間、桜の花びらを多分にふくんだ風がざあと吹き抜けた。
 息ができないかと思うほどの突風。
 むせかえるほどの春の嵐。
 すぐに風はおさまり、ふと目の前を見てみると、そこに楓花がいた。
 風に黒く長い髪をなびかせて、気持ち良さそうに微笑んでいる。
 突風でも、楓花にとっては、心地よい春のそよ風になるらしい。
 おもしろい少女だ。
 嬉しそうに、そこにたたずむ満開の桜の木を見上げている。
 その楓花の姿を見た瞬間、何かが体の中を駆けていくような衝撃に襲われた。
 同時に、こみ上げてくる、あまく切ない、そして苦しい思い。
 生きてきて、はじめて感じた激しい思い。
 愛しいと感じた瞬間だった。
 目の前で桜に微笑む、その少女を――。

 それから、ふと気づくと、探していた。
 入学式のあの日見た少女のことを。
 そして、気づけば目が追っていた。
 ほぼ逃すことなく、見つけることができた。
 そこに、楓花がいれば。
 そうして、気がつけば、いつも俺は楓花を見ていた。
 楓花が、どういうことに笑い、どういうことに怒るか、すべて。
 一つも逃さず。
 その姿を目にするたび、愛しいという感情もふくらんでいった。

 それが繰り返されたある日、気づいてしまった。
 楓花は、俺のことを嫌っていると。その目が汚らわしそうに俺を見ていると。
 他の女子生徒たちは、うっとうしいくらいにきゃあきゃあ言ってくるのに、楓花はいつも冷めた眼差しを俺に向けていた。
 時には、切り刻まれるかと思うほど鋭い眼差しもあった。
 それが、とても辛かった。
 その苦しみに耐えることは、とても大変だった。
 どんなにたくさんの女子生徒たちに騒がれても、まったく嬉しくない。
 肝心の楓花に見てもらえなければ。
 そう思いはじめた頃、ちょうど今学年がはじまった頃、気づいた。
 ふざけたことをすればするほど、楓花は俺を気にかけてくれる。見てくれる。
 だから、もっと俺を見て欲しくて、気にかけて欲しくて、馬鹿なことばかりした。
 ――まるで小学生のガキみたいだと、自分で自分を嘲笑ったことも何度もある。
 だけど、やめられなかった。
 そうすることによって、楓花はたしかに俺の存在を認識していたから。
 それでは駄目だと、楓花を忘れようと、諦めようともした。
 それは、本来抱いてはいけない感情だから。
 教師である俺が、生徒である楓花に……。
 だけど、それもすぐに無駄な努力に終わる。
 忘れようとすればするほど、楓花が気になって、そして愛しくなっていく。
 その思いは、おさえられないほどふくれ上がってしまった。
 狂おしいほどに、楓花を愛してしまっていることに気づいた。
 求めていた。
 もう重症だ。

 そう思った時、チャンスがふってわいた。
 一人だけプリントをすりかえて、後で文句を言いにくることを期待して渡しただけなのに、少しでも二人きりで話したいと思い渡しただけなのに、あのプリントは期待以上の働きをしてくれたから。
 だから、そのチャンスを逃すまいと思った。
 これが、最初で最後のチャンスだと思った。
 学校一の才女で優等生、将来有望なお嬢様だから、楓花は。
 そんな楓花を手に入れるには、多少荒々しいことも必要だった。
 そう、九つも年上で、さらに教師の俺を見てもらうには。
 普通のことでは、並大抵のことでは駄目だろう。
 楓花にとっては迷惑な話だったかもしれないけれど、俺にとってはとても大切なことだった。幸せな時だった。
 いや、今でも最高に幸せだ。
 こうして、楓花を胸に抱けているのだから。
 こんなに近くに楓花を感じられるのだから。
 本当に、これは俺にとっては、信じられないほどの奇跡。
 本当に、どうかしてしまったのではないかと思えるほど、俺は今とても幸せだ。
 楓花、愛している――。


 それが、桜降るそこではじまった、ペテン師の恋。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:04/07/08