思いもよらない闖入者
ペテン師

「まったく……お前は。普段から人騒がせだとは思っていたが、まさかこんなとんでもないことをしでかしてくれるとはな」
 理事長はふうとため息をもらし、目の前のソファーに腰を下ろす高瀬にそう言った。
 それはもう本当、うんざりという感じで。
 ……まあ、その気持ちはわかります。
 ええ、思いっきり。
 わたしも、この俺様ペテン師には、散々振りまわされているから。
 この男、本当に、何をしでかすか予想ができない。とんでもない男だもん。
 というか、やっぱり高瀬、理事長にすらそう思わせてしまえるほど、普段からペテンっぷりを暴走させていたというわけね。
 もう呆れて何も言えないわよ、これじゃあ。
「それで、こうして呼び出したものの、反対しようなどみじんも思っていないだろう?」
 ひょうひょうと、やっぱり俺様ちっくな発言を高瀬はする。
 ……いや、ちょっとは悪びれようよ、高瀬。
 無駄だとわかっているけれど、そう思わずにはいられない。
 まったくもう、やっぱり天上天下唯我独尊男め。
 当然、高瀬のこんな傍若無人な発言に、理事長はいっそううなだれる。
 お、お気の毒に……。
 こんな奴を孫にもってしまったばかりに、しなくてもいい苦労をしているのね。
 理事長に思わず同情。
 本当は、そんな場合ではないはずなのに。
 というか、どうして理事長は、いつまでたってもわたしたちを怒らないの? 責めないの?
 そのために呼び出したのじゃないの?
「それに、知っていただろう。あの日、楓花に会っていたのだから」
 うなだれる理事長に、高瀬はやっぱりひょうひょうと続ける。
 だからあなた、少しは……。
 ああ、もうやめた。
 この男には、何を言っても無駄だったわ。
 だって、この高瀬というペテン師は、どうしたって俺様なんだもん。
「まあな……」
 理事長は、高瀬の言葉に、ため息まじりにそう答える。
 ……え? ということは、すでにばれていたの? 理事長には。
 それでいて、今まで黙っていたと? 黙って見ていたと?
 放置していたら、当然こうなると予測はできただろうに。
 ――結論。
 この理事長にも、同情する価値なし。
 本当、なんて奴らなのよ、このペテン師たちは。
「別にわたしは、最初からお前たち二人の仲を反対するつもりはなかったが。それに、お前なら、もう少し上手く立ちまわると思っていたのだが。――まあ、一応はな。こうも大騒ぎになってしまったら、呼び出さずにはいかないだろう。かたちだけでも」
 理事長はそう言って、やっぱり頭を抱え込む。
 本当、とんでもない孫を持ってしまったものね、この理事長も。
 というか、何!? それ。
 最初から二人の仲を反対するつもりはなかったって、それってつまりは!?
 この理事長は、教師と生徒の危険な恋を容認していたということ!?
 ああもう、なんて人なの!
 下手をすれば、自分の首をしめることになるかもしれないというのに。
 さすがは、趣味で理事長をしている……と言われているだけはある。
 妙に納得。
 あの薔薇の庭で出会った時の紳士のイメージが、がらがらと音を立てて崩れていく。
「それは、ご迷惑をおかけしまして」
 理事長の言葉に、高瀬は無感情にさらっと言い捨てる。
 もちろん、その胸にむぎゅっとわたしを当たり前のように抱きしめて。
 こんな時でもこの男は、不謹慎きわまりないことを平気でしてのける。
 だから当然、理事長から返される言葉もこんな感じ。
 高瀬のことなら、心得ているという言葉。
 さすがは、高瀬のおじいさん。
「そんなもの、まったく思っていないだろう」
 理事長はまた、はあと大きくため息をもらす。
 もうこの孫には諦めたという感じで。
 たしかに、この俺様ペテン師には、何を言っても無駄。
 それは、わたしが身をもって知っている。
「さすが、じいさん。わかっている」
 そんな気の毒な理事長に、高瀬はそうして追い討ちをかける。
 だからこの男は……。本当にもう!
「そこで茶化すな」
 もちろん、ふざけまくったこの男高瀬に、すかさず理事長のつっこみが入る。
 というか、この男。
 もしかして最初から、こうなることを見越していた? わかっていた?
 それでいて、黙ってそうさせていた?
 とめようと思えばとめられるこの騒動ですらも。
 もとから、この騒動を起こすために、同居した!? 放置していた!?
 な、なんて男なのよっ。
 やっぱりこの男は、とんでもないペテン師だわ!
 ――それから数分後。
 いともあっさり簡単に、拍子抜けというくらいさらっと、理事長の許しが下りていた。
 こんな言葉を添えて。
「わたしも、お前の親も、別に反対はしないし、お前たちの婚約も許そう。だが、ひとつ条件がある。それは、そちらのお嬢さんのご両親が了承すればの話だ」
 瞬間、わたしは現実に引き戻されたような気がした。
 今まで、このめちゃくちゃなペテン師たちのおかげで、まともに頭がまわっていなかったけれど。
 そういえば、それ。
 いちばんの問題は、パパとママだった。
 さあっと血の気がひいていく。
 これを知られた時の、パパとママの反応を思い浮かべ。
 間違いなく、大目玉。雷が落ちる。
 そして高瀬は、……血祭り?
 急に体を硬直させてしまったわたしの顔を、高瀬は不思議そうにのぞきこんでくる。
 「どうした?」と首をかしげながら。
 ……あなた、ここまできて、まだわからないの?
 まったくもう。その俺様な自己本位な思考、どこまでいくつもり?
 世界は、高瀬を中心にまわっているんじゃないわよ、まったく……。
 はあとひとつため息をもらし、きっと高瀬をにらみつける。
 まだまだわたしは高瀬の膝の上で、ぎゅっと抱きしめられたまま。
「ママはあの通りわたしたちをくっつけようとしていたから、まあたいした問題にはならないだろうけれど、パパがね……」
 わたしの言葉に、高瀬はようやくそれに気づいたように驚きの色を見せる。
 だから高瀬……。そんなに驚くこと!? これが。
 これって、当たり前のことじゃないの!?
 この独走男めっ。
「九歳も年上で、さらに教師だなんて、何と言うかしら?」
 ぎゅむっと高瀬の左耳をひっぱり、じろっとにらみつけてやる。
 さあ、どうだ!? 答えてみなさい。
 すると高瀬は、にやっと不敵に微笑みやがった。
 あっさりと、高瀬の耳をつかむわたしの手をひきはなす。
 そして、その手をふわりとにぎりしめる。
「職権を乱用して、娘をたぶらかしたとか?」
 くすくすと笑いながら、高瀬は実に楽しそうにそう言いやがった。
 まったく悪びれた様子なく。
 この反応。
 やっぱり予想できていたこととはいえ、実際に目の当たりにさせられると、疲れる。疲れまくる。
 呆れすぎて、返す言葉がない。
 これ以上、呆れようがない。
 なんて高瀬らしいふざけた答え。
 本当に高瀬らしくて、おかしくなってきちゃうじゃない。
 まったくもう……。この馬鹿教師っ。
「あははっ! その通り。だってあなたって、この通り、インチキ教師のペテン師なんだもん」
 高瀬の胸の中で、我慢できず、くすくす笑ってあげる。
 すると、高瀬も楽しそうに、肩をゆらして笑いはじめた。
 そんな高瀬とわたしを、理事長は、好きにしてと放置している。
 くるりと重役椅子をまわし、窓の外を眺めていた。
 そろそろ中天にさしかかってきたぎらぎらの丸い太陽を、目を細めまぶしそうに見ていた。
 いかさま、八百長なんておてのもの。
 わたしの心を騙して、奪い取ったインチキ教師。
 それがペテン師、高瀬昂弥。
 わたしを今、幸せそうに抱きしめている男。
 この男は、ペテンにかけ、とんでもないものを奪いやがった。
「これからが大変よ? パパという難攻不落の城を落としにかからなきゃならないのだから?」
 試すようににっこり微笑むわたしに、高瀬は得意げに微笑み返してくる。
「望むところです」
 そんなやっぱり俺様な言葉を添えて。
 その時だった。
 大音響を立て、この理事長室の扉が乱暴に開けられた。
 わたしは驚き、瞬時にそこへ目をやる。
 もちろん、高瀬も理事長も。
 するとそこには、開け放たれた扉には、仁王立ちで憤るパパの姿があった。
 顔を真っ赤にして湯気をあげ、体内の血液をぐつぐつと煮えたぎらせているようなそんな姿のパパ。
 そして、その後ろには、しれっとした顔の年中春女が立っていた。
 ――マジ……ですか?
 い、いきなり、修羅場!?


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update:04/07/21