やっぱりペテン師
ペテン師

 どうして、同居だなんて、そんなとんでもない発想ができたの!?
 パパをまんまと丸め込み、再びわたしの前に姿を現した高瀬に、わたしはそう聞いてみた。
 それは、高瀬がうちへ闖入してきた時から気になっていたことだけれど、今まではあえて聞かなかった。
 怖いから、怖すぎるから。
 返ってくるであろう高瀬の言葉が。
 そして、それとともにとるであろう高瀬の行動が。
 だけど、今なら、パパとママの前でなら、後者は実行不可能だとふんで。
 ……しかし、まだまだわたしは甘かったらしい。
 この男のことを、まだまだ理解できていなかったらしい。
 当たり前のようにわたしを抱き寄せ、むぎゅっと抱きしめた。
 怒れるパパと、舞い踊るママのその目の前で。
 ……まったく、本当、なんて男なのよ。この高瀬昂弥というペテン師は!
「それは、一人だと淋しいと思って。聞いていたからな、近いうちにアメリカへ行こうと思っていると。だから、これは使えるなと思って。――あ、ちなみに、同居でなく同棲だから」
 高瀬は楽しそうに言いながら、やっぱりわたしを見つめてくる。
 そう、今ここには、まるで二人きりというように。
 パパもママもまったく眼中に入れず。
 自己中男、ここにきわまれり。
 ――まあ、実際、高瀬のめちゃくちゃな言動のおかげで、淋しさなんて感じなかったけれど。
 それ以前に、何かを冷静に考える余裕も与えられていなかったような気が、嫌というほどするけれど。
 もうこの俺様男には何を言って無駄だとわかっているから、それを言うのはやめておく。
 そうして、嫌がるパパをむりやり引っ張って、ママは再びお空の彼方へ飛んでいった。
 遠い遠い異国の地を目指して。


 それから一週間後。
 わたしと高瀬は、再び学校へやってきた。
 一応は体面上、一週間は謹慎しなさいと、理事長に言われたから。
 不思議なことに、罰はそれだけ。
 退学も免職もなかった。
 しかし、それは逆に、高瀬にとっては天国極楽だと、理事長はわかっているのかしら?
 だって、たった二人きりで、理事長公認で、高瀬はわたしと過ごすことができるのだから。
 ごろごろすりすりと、相変わらずのごろごろ猫さんをできるのだから。
 ――いや、わたしが二人の仲を許してしまったから……それ以上だったかもしれない。
 ここはあえて、ノーコメント。
 謹慎中は、この軽すぎる処罰を不思議に思っていたけれど、学校へ来てみてそれが妙に納得できてしまった。
 学校中、不思議と普段通りの落ち着きを取り戻していた。
 だって、どうやら、学校中、高瀬のペテン術にたくみに丸め込まれているようだったから。騙されているようだったから。
 それに加え、高瀬の婚約#ュ言もかなりきいていたらしく、もう誰もわたしたちに後ろ指をさそうとはしていない。
 教職員たちは、やっぱり理事長と高瀬を敵にはまわせないと見て見ぬふりだし。
 生徒たちは、今まで通り、普段通りの学校生活を送っている。……何故か。
 さらに、わたしと高瀬は、全校公認の仲にまでなっていた。
 いや、そうじゃなくて、これは明らかに楽しまれている。
 学校一の人気教師と、学校一の才女の危険な恋を。
 さすがは、お気楽極楽な生徒が群れる学校だわ……。
 わたしを呼び出した高瀬のファンも、どうやら裏で高瀬にさわやかに口封じされたのか、あの婚約#ュ言がきいたのか、わたしたちの姿を見つけると、よそよそしく、さささっと逃げ去っていってしまった。
 キャピキャピ娘さんや健全なのだか不健全なのだかわからない男子生徒さんたちは、やっぱり高瀬のこのとんでもない事態を楽しんでいるよう。
 嗚呼、もう。本当、何なの!? この学校!
 理事長を筆頭に、おかしな人たちの巣窟!?
 さすがは、ペテン師二人が支配する学校。
 まったく、本当に信じられない、このペテン師。
 これは、わたしの知らない間に、またやりやがったな。
 今度は、こねと権力と財力のうち、どれを使ったの?
 それとも、フル活用?
 ……この男、やっぱりどうにも敵にまわしちゃいけないのかもしれない。
 どこまでいっても、ペテン師ね。
 当たり前のように、高瀬に手をひかれ入った校舎内。
 すると、エントランスホールに立つ一人の男子生徒。
 仁王立ちで腕組みをして、入ってきたばかりの高瀬をきっとにらみつけた。
「う、浦堂くん?」
 わたしは、その男子生徒の姿を見るなり、思わず声を上げていた。
 だって、どうしてここに浦堂が?
 まるで、高瀬がやって来ることをそこで待っていたかのように立っているんだもの。
 驚くなという方が無理。
 浦堂の姿をみとめると、高瀬は絡ませていた手をぐいっと引き、やっぱり当たり前のようにその胸の中にわたしをすっぽりおさめてしまう。
 それはまるで、わたしは高瀬のものだと浦堂に見せつけるかのように。
 ……この男、もしかして、まだ根に持っていたの?
 浦堂が、その……わたしに告白してきたことを。
 それは、もうとっくに終わったことでしょう!?
 本当、この男はっ。
 そんな高瀬の態度に、浦堂はぴくっと眉の端を動かし、ひくひくと頬をひきつらせる。
 それは、この上ない怒りを懸命にこらえているように見える。
 ちょ、ちょっと待ってよ。
 これってもしかして、修羅場!?
 でも、どうして、今さら!?
 わたしはもう高瀬のものにされちゃったのだから――地球が滅亡しても認めたくないけれど――今さらじゃない?
 わたしは高瀬のものと思いこんで決めつけている高瀬には、もう何を言っても無駄なのに。
「くれぐれも、キスから先のいかがわしいことはしない方がいいですよ。まだ犯罪者にはなりたくないでしょう? いくら先生でも。……ああ、でも、もう犯罪者でしたか? あなたは」
 にやっと不敵に微笑み、浦堂は試すように高瀬を見る。
 これは完璧に、高瀬を挑発している? 喧嘩を売っている?
 う、浦堂、怖いかも。
 というか、パワーアップ?
 いやいや、それがあなたの本性ですか?
 それはある意味、高瀬並みにすごい本性かもしれない。
 ああ、もう、どうして、わたしのまわりの男たちって、こうくせもの揃いなのよ!
 この先、なんだかとてつもなく思いやられてしまうのは、わたしだけ?
 ちょっと浦堂、悪いことは言わないから、それだけはやめておいた方がいいわよ? 高瀬に喧嘩を売ることだけは。
 そう浦堂に忠告をしてあげようとした時、高瀬がぐいっとわたしの顔を引き上げ、そこに不意打ちキスを降らせてきた。
 それは本当に、今目の前にいる浦堂に、これでもかというほど見せつけるように。
 同時に、エントランスのあちこちから、きゃあと嬉しそうで楽しそうな悲鳴が上がっていた。
 このペテン師、調子にのりすぎ!
 するなよ、そんなもの。こんなところで。
 盛りがついたキャピキャピ娘さんや健全なのだか不健全なのだかわからない男子生徒さんの前で。
 そして、あおるなっ。
「結婚の意思約束があれば、犯罪じゃないぞ」
 やっぱり浦堂にみせつけるように、今度はごろごろ猫さん開始。
 そんなふざけたことをほざきつつ。
 高瀬は得意げに、挑発するように浦堂に微笑みかける。
 だから、この男は!
 完全に、わたしの意思など無視している。
 思うがままにわたしを専有している。
「誰がいつした、誰が!」
 わたしに頬ずりをしてくる高瀬の顔をぐにーとおしのけ、ぎろっとにらみつけてやる。
 まったくもう、この男は。
 公認の仲になったからといって――この上なく不本意だけれど。そしてやっぱり、認めたくなんてないけれど――調子にのりすぎなのよ!
 ふざけるなあ、この外道が!
「え? そんなの、生まれた時にすでに決まっていたに決まっているじゃないか。赤い糸で結ばれた二人だからな」
 今さら何を言っているんだ?と首をかしげながら、あっけらかんと答える高瀬。
 しかも、瞬時に、極悪色を発したペテンな微笑みに早変わりしている。
 嗚呼、もう、誰でもいいから、この極悪なるペテン師の魔の手からわたしを救ってください。
「このペテン師ー!」
 当然、わたしの華麗なる平手打ちが、高瀬の頬にミラクルヒット。
 しかも、両頬打ちをお見舞いしてやる。
 パッチーンと、なんともよく通った乾いた音が、エントランスに響き渡った。
 それでも高瀬は、やっぱり嬉しそうに幸せそうに微笑んでいたけれど。
 ……まったく、このペテン師は。
 本当に、このペテン師は、思うがままに行動する俺様男なのだから。
 でもね、今は、そんな高瀬を、少しだけなら、嫌いじゃないと思ってあげてもいい。
 そして、高瀬の胸の中で心地よくして、高瀬のキスで惑わせて。
 それは嫌じゃないから。
 もう諦めたから。流されてあげる。
 ねえ、だから――。
 いっぱいいっぱい抱きしめて。
 いっぱいいっぱいキスして。
 もっともっと愛して。
 高瀬の中を、わたしだけで埋めつくして。
 そうしたら、少しだけ、ほんの少しだけなら、素直になってあげてもいいわよ?
 好きだなんてそんなことは、死んでも言ってあげないけれど。
 だって、それを言ってしまったら、高瀬はとてつもなく恐ろしく調子にのって、暴挙に出るから。
 それが目に見えているから。
 ペテン師は嫌いだけれど、わたしだけの王子様は、好き……かもしれない。今では。
 そして、わたしだけの王子様の好き≠ヘ信じてあげる。
 きっと、これは終わりじゃない。はじまりなのだと思う。
 わたしはこれから、どのくらい高瀬を好きになっていくのだろう?
 これ以上嫌いにはならないと思う。ううん、なれない。
 だって、この下がないというくらい、すでに嫌いなのだもの。
 だから、あとは上昇する他にない。悔しいことに。
 これからのわたしと高瀬の好きがどうなるかなんて、それはまったくわからない。未知数。
 ただ、わたしを優しく愛しく包み込む、高瀬のこのぬくもりだけが、今は本当。大切。
 大好き――。


ペテン師 おわり

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update:04/07/28