神様なんて

 十ニ月三十一日。
 新年まで、残すところあと二時間弱。
 ふざけたペテン師のために、寒空の下、わたしは今ここにいる。
 ぴーぷー北風吹きすさぶ、最寄り駅。
 どこの最寄り駅って?
 それはもちろん、わたしの家の最寄り駅。
 そこに、二十二時三十分の約束で、強制的に来させられている。
 あの俺様男はやっぱり俺様らしく、「初詣へ行くぞ」の一言で、問答無用でそれを決定してしまった。
 もちろん、わたしには、拒否権も選択権も発言権も、一切なし。
 しかも、よりにもよって、その行き先、最悪。
 この辺りでは有名な神社。
 その辺の小さな、村だとか町だとかの氏神さまで十分じゃないと言ったけれど、そんなものは通用しなかった。
 「それじゃあつまらないだろう。恋人らしいことをしなきゃ、やっぱり」と、極悪ちっくににこり微笑み、却下。
 本当、たいしたものだわ。
 そんなふざけた理由で、わざわざ人ごみの中へ身を投じにいくなんて。
 せめて、三日とか四日とか、ちょっと日をずらせば少しはすくだろうに、よりにもよって元日。
 おまけに、大晦日からのフライング。
 本当、お祭り大好き男なのだから。
 ……知っていたけれど。
 わたしは、約束の時間よりちょっと?早めに駅へやってきた。
 こういうところ、自分でもつくづく融通がきかないと思うわ。
 あんな男だもの、遅刻の一時間や二時間して、たっぷり待たせてやればいいのよ。
 というか、ドタキャン?
 それくらいしてやっても、絶対罰はあたらないと思う。
 なのに、ちゃんと約束よりも早くきちゃうなんて……。
 はあ、絶対、何かが間違っている。
 そんな重い足取りで改札前までくると、そこには何故だかあの男の姿がある。
 しかも、一人にこにこと妙にうかれている。
 そこだけ、常夏状態。あちちよ。
 気持ち悪いったらないわ。
 それじゃあ、思いっきり変質者よ。
 知らないからね、職務質問されても。
 職務質問されちゃったら、あなたのことだから、そのままご同行願います、にはやがわっちゃうわよ!?
 よく人待ち顔で立っている人なら目にするけれど、明らかにそれとは違う。
 変態が獲物を物色するような、そんなにやにや顔。
 でも、その目はきょろきょろと挙動不審なんかじゃなくて、ただ本当に嬉しそうに微笑んでいるだけ。
 さらに、その目は、もちろん声もかけていないのに、まだまだ五〇メートルも離れているというのに、即座にわたしにロックオンされていた。
 当然、瞬間、たじろぐわたし。
 思わず、一歩後退までしちゃったじゃない。
 だってだってだってー!
 何よそれ、わたしの姿を見つけた瞬間、満面の笑みできらきらと目を輝かせちゃったりなんかして。
 欲しいおもちゃを買ってもらった子供のような目なんかしちゃったりして。
 本当、やめてよね。恥ずかしい奴。
 それにしても、約束より二十分も早くやってきたのに、高瀬はそれよりもずっと前からそこでわたしを待っていたということ?
 その様子から察すると。
 ……ヒマジン。
 もちろん、わたしを見つけた瞬間、高瀬は駆け寄ってきていた。
 ――駆け寄ってこないわけがないのだけれどね。
「楓花!」
 頬の筋肉も口のはしもゆるみっぱなしのだらしない顔で、高瀬はわたしの名を呼び、わたしを抱きしめる。
 もちろん、その瞬間を見てしまった行きかう人々は、ぎょっとわたしたちに視線をくれていた。
 嗚呼、もう、この男、どうにかして。
 恥ずかしすぎるったらないわ。
 二十二時十分とはいえ、今日は大晦日なのよ。
 大晦日な日は、人通りも多いのよ。
 ――まあ、たしかに、教師と生徒とはいっても、隠すような仲ではないから、誰に見られていても困ることはないけれど。
 だけど、それでもやっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!
 馬鹿高瀬!
「楓花、かわいい。食べちゃっていい?」
 しかも、ふわりと少し弱めに抱きなおして、高瀬はかすめるようにわたしの唇を奪っていく。
 答える前から、おいしくいただいているんじゃないわよ!
 そこのドスケベライオン!
 それじゃあ、聞く意味ないじゃない。
 そういうことじゃなくて……!
 本当、訳がわからない男よね。
 もちろん、知っているけれど。
 というか、この男の場合、煩悩の数、百八つなんかじゃ絶対足りないわよね?
 一体誰よ、人の煩悩の数は百八つだと言ったのは。
 なかには、それ以上ある奴だって……。
 ――あ、そっか。高瀬は人じゃなかったわ、ドスケベライオンだったわ。
 それにしても、かわいいって……。
 いつもと同じなのに、どうしてわざわざ、そういう恥ずかしいことを口にするかな? 恥ずかしい行動とともに。
 まあ、いつもとちょっと違うシチュエーションではあるけれど。
 駅での待ち合わせ。
 そして、わたしが振袖を着ているというだけじゃない。
 淡いブルーを基調に、さくらをちりばめた振袖。
 高瀬との約束があるという情報をどこからか仕入れてきた年中春女が、これまたどこからか手に入れてきたのよね、この振袖。
 それで、さっきまで、年中春女が異国の地へ旅立つまでひいきにしていたとかいう美容室につれられていって、そしてこうして無駄に飾られてしまった。
 なんだかとっても納得がいかないけれど。
 たったそれだけで、かわいいも何も……。
 しかも、欲望のままの発言をしてくれちゃうし。
 ――まあ、いつものことだけれど。
「うん、特にこのうなじの辺りがいいなあ……」
 高瀬の腕の中でおとなしくしてやっていると――あまり動きまわると着崩れちゃうしね。そうなると、よけいこの男の欲望をそそっちゃう。本当、着物って面倒――いきなり耳元でそうささやいてきた。
 それと同時に、このちゃっかり男は行動にも移していたのよ。
 いいなあと言ったそこに、キス。
 瞬間、わたしの顔がぼんと真っ赤になったことは言うまでもない。
 そして、それをたまたま目にしてしまったのであろう大学生くらいの男の人のグループが、ぴたっと足をとめ、ぎょっとわたしたちに注目していた。
 だ、だ、だからー!
 誰か、本能のままに生きるこの俺様ライオンをどうにかして!
 このままじゃあ、わたし、この場でおいしくいただかれかねないわ、最後まで!
「ば……っ! 高瀬! 何す――」
 当然、わたしの怒りの叫びがあるのだけれど、最後まで言わせてもらえず、やっぱり口をふさがれていた。この男によって。
 触れたそれをわたしの唇からはなしていきながら、無駄ににっこり微笑む。
「うなじが嫌なら、こっちをたっぷりとね?」
 思いっきりふざけたことをぬかしつつ。
 あんたねえ、ここがどこだかわかっているの!?
 駅よ、駅! 公共の場!
 そんなところで、そんなワイセツ物を陳列したら、捕まっちゃうわよ!
 わたしまで道連れは嫌よー。
 高瀬一人で捕まる分には、世界が少しは平和になるからいいけれど。
 瞬間、もちろん、わたしのふざけるなパンチが、みごと高瀬のみぞおちにヒットしていた。
 本当に、この男は……。
 一体、いつになったら、普通になるのかしら?
 ……ううん、この男に限っては、死んでも普通になんてならないと思う。思いっきり。
 みぞおちパンチのおかげで、どうにか腕の中から解放されたわたしは、不服そうにすねる高瀬に冷ややかな視線を送ってあげる。
「高瀬は、着物着ないの?」
 そう、そうなの。
 高瀬は、普通の格好をしている。
 カシミヤのロングコートに、カシミヤのマフラー。
 ……自分だけ、あたたかい格好しちゃってさあ。
 まあ、着物でも、がたがたふるえちゃうような寒さは感じないけれど。
「ああ、いざという時、動けないから」
 高瀬はみぞおちパンチを食らわしてあげたのに、やっぱりきいた様子なんてなく、さらっとそう微笑む。
 そして、さりげなくわたしの腰に手をまわしてきたから……。
「いざという時?」
 それをばちっと叩いてやった。
 にこっと微笑みつつ。首をちょっぴりかしげつつ。
 もちろん、額には青筋が一本ぽっかり浮かんでいるわよ?
 すると高瀬は、今度はわたしの問いかけに答えず、にこっと微笑むだけだった。
 腰にちゃっかりまわされちゃっているままだけれど、ライオンの前脚を。
 ……おかしなの。
 こういうのって、間違いなく、この男が好きそうなことなのに。
 着物を着て、「見て見て、楓花。俺って和服も似合うだろう?」とか何とか言って、無駄にポーズを決めて、率先してはしゃぎそうなのに。


 見渡す限り――というか、見渡せないのだけれど――人、人、人の海。
 人でごった返す参道を、人にもまれながら歩いていく。
 だけど、何故だか、わたしの体は人におされることはない。
 だって、すぐ後ろを歩く高瀬に、きゅっと抱かれるようなかたちで守られているから。
 人ごみからガードされている。
 きっと、本人はさりげなくしているつもりなのだろうけれど、明らかに不自然なこの体勢から、よくさりげなさを装えるものだと思うわ。
 この男、実は思いっきり馬鹿だったりする?
 ……それもやっぱり、知っているけれど。
 これじゃあ、高瀬が歩きにくいのじゃない?
 そう思うけれど、それは間違い。
 この男に限っては、歩きやすいとか歩きにくいとか、そんな人間らしいことはどうでもいい。
 ようは、何かと理由をつけて、わたしを抱きしめられればそれでいいのよ。
 ほーら、見てよ、このご満悦顔。
 横に並んで歩いたら、せいぜい肩を抱き寄せることくらいしかできないけれど、こうして前後にならぶと、すっぽりとその腕の中にわたしをおさめられちゃうものね。
 だけど、それでも、ちょっぴり不服そうではある。
 帯が邪魔して、あまり密着できないから。
 前からなら、ぎゅうと抱きしめられても、後ろからだとそうもいかないのよね。
 ふふふ。ざまーごらんっ。
 参道を本殿へ向かい歩いていると、ぴたっと高瀬が足をとめた。
 それにつられるように、わたしも足をとめることになる。
 だって、高瀬に後ろから抱かれているんだもの。
 そして、こんなところで立ちどまるんじゃないわよ!と、高瀬ににらみを入れてあげるべく振り返ると……。
「楓花、好きだろう?」
 目の前に、にゅっと現れた、いちご飴。
 棒のところを持ち、ふりふりふっている。
 同時に、あまいあまい香りがぷーんと鼻をくすぐったりなんかしちゃってくれる。
 思わず、ふらふらと引き寄せられそうになる。
 だけど、それはぐっとおしとどめ、これがどうしたの?ときょとんと首をかしげていると、問答無用で口の中に押し込まれてしまった。
 口いっぱいにあまい飴の味が広がっていく。
 思わずほにゃっと顔をゆるめると、もちろんそれに高瀬が気づき、満足げに微笑む。
 ……本当、この男、馬鹿じゃないの。
 わたしでもこの人ごみで気づかなかったのに、めざとくりんご飴の出店を見つけちゃってさあ。
 しかも、おまけに、気づかないうちに買っちゃっているのよね。
 そんな高瀬を、思わずじっと見つめてしまっていた。
 どうしてこの男は、こんなことで、いちいち嬉しそうに幸せそうに微笑めちゃうのかしら。
 そう、ここに、高瀬の隣に、わたしがいるだけで。
 ばっかみたいっ。
「じゃあ、高瀬にはこれ」
 そう言って、わたしも高瀬へりんご飴をさしだす。
 仕方がないから、買ってあげるわ。
 だって、わたし一人でいちご飴をなめていたら、それを理由に、思う存分、思いのまま抱きつかれそうな気がするから。
 でも、こうして餌を与えておけば、その間は、多少は解放されるかもしれない。
 高瀬はさしだしたりんご飴を、目を真ん丸くして見つめる。
 だけど次の瞬間には、ほにゃあと呆れるくらい顔をくずして、「サンキュ」と言いながら、わたしの手から受け取っていた。
 もちろん、受け取る瞬間、わたしの手をにぎるように触れていたけれど。
 本当、ちゃっかりした男よね。
 高瀬もぱくっとりんご飴をくわえ、二人くすくすと笑い合う。
 そして、今度は肩を抱かれ、人ごみの中を歩いていく。
 これじゃあ、不服かな?と思ったけれど、どうやらそうでもないみたい。
 それよりも何よりも、わたしから餌を与えられたことに、上機嫌になっているよう。
 本当、単純ライオン。
 これでよく、ペテン師なんてしていられるものよねえ。
 人を騙していくらでしょうに。
 その詐欺師が、あっさりとりんご飴ひとつで懐柔されちゃって。


 どうにか人ごみをかき分け、本殿までやってきた。
 お賽銭がとどくところならどこでもいいじゃない?と言ったら、高瀬はこういうのは最前列じゃないと意味がない、とかそんな訳がわからない能書きを展開してきた。
 結局、高瀬の望みのまま、お賽銭箱のまん前を陣取っている。
 本当、この俺様ペテン師は、変なところでこだわってくれちゃうのだから。
 ……ところで高瀬、妙に真剣に熱心に、一体何をそんなにお願いしているの?
 この男なら、神頼みなんてしなくても、そのこねと権力と財力とやらで、どうにでもなりそうなものなのに。たいがいのことは。
 変なの。
 何がいちばん変かって、それはもちろん、この神をも恐れぬ俺様男が神頼みをしている、ということよ。
 わたしなんて、さっさとお願いを終わらせたというのに。
 五百円も奮発しちゃってね。
 だって、簡単だもの。わたしの願いなんて。
 そして、これしかないもの。
 『高瀬が、無駄にまとわりついてきませんように。そして、おかしな行動に出ませんように!』
 ……まあ、無駄だとは思うけれどね。
 こんなにたくさんの人の願いを、ひとつひとつ神様がきいてくれるはずがないし。
 何よりも、この男自身に問題……というか、いわくがあるから。
 だってこの男、神を恐れぬ唯我独尊男。
 神でもしっぽを巻いて逃げ出してしまいかねないインチキペテン師。
 というか、神頼みしなくても、もともとなんでも思い通りにしちゃうはず。
 そのインチキくさい華麗なるペテン術で。
 それにしても、高瀬、本当に長すぎる。
 あまりにも真剣に願っているから、思わず見つめちゃうじゃない。
 ねえ、何をそんなにお願いしているの?
 高瀬でも、神頼みしちゃうようなそんな願いがあるの?
 ……信じられない。
 高瀬を見つめていたら、ふいにその目が開けられた。
 そして、瞬時に見つめるわたしに気づいて、にやりと微笑む。
「何を願ったか教えてやろうか?」
 まるでわたしが考えていることを、見透かしているような不遜な発言。
 ぐいっとわたしを抱き寄せ、人目もはばからず、人の迷惑かえりみず、ずずいっと顔を近づけてくる。
「い、いらない! 絶対ろくでもないことに決まっているもの!」
 もちろん、わたしはそう言ってあげた。
 そうよ、きっとそれは、聞いてはいけないことよ。
 聞いたが最後、いろいろと終わってしまいそうな気が嫌というほどする。
 だって、ドスケベインチキ教師よ?
 まともな願いを抱いているわけがないじゃない。
 その願い、絶対どどめ色よ。
「ひどいなあ。ろくでもなくなんてないぞ。卒業など待たずに、一日でも早く、楓花が俺のお嫁さんになってくれますようにと、そんな切実な願いなのだから」
 ぷくっと頬をふくらませ、その言葉通り、高瀬はひどいなあとわたしを見つめてくる。
 そして、くるりと踵を返し、この人だかりの中、すたすたとお賽銭箱の前からご機嫌に遠ざかっていく。
 もちろんわたしは、そんな高瀬にずるずるひきずられていく。
 ……それが、ろくでもないことというのです。先生。


 く、悔しいー!
 一体、これはどういうことよ!?
 というか、何!?
 これは、何かの罠!?
 こんなこと、あってはいけないのよ、あっては。
 だってだって、どうして、詐欺師な犯罪者が大吉で、そんなペテン師に虐げられながらもまじめに生きるわたしが大凶なのよー!
 ――なんだか、今のわたしの状況をはげしく物語っているようだけれど。それは、触れてはいけないこと。
 高瀬にのせられひいたおみくじででたものは、よりにもよって、大凶。
 最も間違っていることは、この男が大吉というところ!
 ねえ、世の中には、絶対、神様も仏様もいないわよね!?
 だって、こんな男が大吉だなんて……。
 嗚呼、本当、この大凶ってなんだか、まさしく、今年のわたしの運勢を物語っているよう。
 人生投げ出したくなっちゃうわ。
 ……まあ、もう半ば投げ出しているようなものだけれど。
 この男にかかわられてしまった時点で。
 今年も間違いなく、このドスケベペテン師につきまとわれる一年になるのよねえ……。
 考えただけで、ぞっとする。
 はーあ。
 こんな不吉なものは、さっさと結ぶに限るわね。
 ほら、ちょうどここに、ちょうどよい枝ぶりの木が……。
 こんなもの、持って帰れなどしないもの。
 だって、このおみくじ、やっぱり認めたくなんてないけれど、当たっているのよね、一部。書かれていること。
 他は全部最悪なのに、どうして子宝運だけは無駄にいいのよ。
 し、信じられない。
 こ、子宝に恵まれるですって!?
 じょ、冗談じゃないわ。
 それってまるで、わたしの乙女の貞操の危機を啓示しているんじゃないの!?
 思いっきり。
 だって、やっぱり認めてなんてやりたくないけれど、わたしは一応、この男と、このムカつく俺様ペテン師と、婚約なんてそんなふざけたことをしているから。
 いーやー!
 お先真っ暗!
 いそいそと枝におみくじを結びつけるわたしを、高瀬は不思議そうに見ていた。
 いいわよね、自分は大吉なんだもの。よりにもよって、大吉!
 しかも、さっきちらっと見えちゃったけれど、高瀬のおみくじの子宝運のところも、何故だか子宝に恵まれる。
 や、やめて、本当に。
 ねえ、神様?
 わたし、何かいけないことしました?
 そんなにわたしをいじめて楽しいですか?
 ――というか、もう絶対、神様なんて信じてなどやるものか!
「楓花、手を出して」
 一人憤るわたしに、高瀬は妙に優しげに声をかけてきた。
 ふんっ。自分はどうせ大吉なのだから、それはそれはご機嫌でしょうね。
 ただでさえ迷惑なくらいご機嫌だけれどね。
 その頭の中が!
「何よ」
 ぎろりとにらみつけながら、一応は手を出してあげる。
 一体何がしたいの?
 あなたがそんなことを言ってくる時は、絶対ろくでもないのだから。
「おすそわけ」
 高瀬はそんな訳がわからないことを言いながら、差し出した右手の薬指に、するりと紙のようなものを巻きつけてきた。
 ……え? これって……。
「大吉のおすそわけ」
 まじまじ見つめると、高瀬はにっこり微笑む。
 もちろん、すかさずわたしを抱き寄せて。
 顔をこれでもかというほど近づけて。
 そして当然、「それで、これをお礼にもらっておく」とふざけたことを言いながら、すっとわたしの唇を奪っていく。
 ……結局、新年早々、このふざけたペテン師にいいように扱われているような気が、そこはかとなくするのだけれど?
 それにしても、大吉のおすそわけって、そんなのできるわけないじゃない。
 しかも、こんな紙きれ――おみくじ――を指にまきつけたくらいで。
 ……でも、そっか。
 高瀬、きっと気にかけてくれていたのね。
 わたしが大凶をひいて、がーんと落ち込んでしまっていたこと。
 ううん、落ち込んでいたのじゃなくて、憤っていたこと。
 本当、この男、世界一の大馬鹿者だわ。


 かたんかたんと揺れる夜明けの電車。
 初詣帰りの人たちを、あちらこちらに見ることができる。
 ゆらゆらゆれる電車の中、こつんと高瀬の肩に頭をもたれかける。
 高瀬のぬくもりと香りを感じる。
 本当に、高瀬のそこは、ゆりかごみたいで、とても心地よくて、安心できる。
 どうしてだろう?
 今日あらためて、このペテン師と一緒にいると人生が終わりだと実感したばかりなのに、この空間が心地いいと思ってしまうのは。
 車窓の外には、流れゆく夜明けの景色。
 しんと静まり返っている。
 神社のまわりはあんなににぎわっていたのに、一歩はなれた商業地や住宅地はまだ眠っている。
 まあ、それがお正月というものだろうけれど。
 こうして、高瀬の息遣いや鼓動を感じていると、それだけが、今のわたしのすべてのように思えてくる。
「やっぱりこうなったか。疲れたんだな」
 高瀬は肩をすくめ、だけど優しい微笑みを落としてくる。
 そして、肩から胸へずり落ちていくわたしの頭を、その膝の上にのせなおす。
 高瀬は愛しさに満ちた目でわたしを見つめ、わたしの頬にかかる髪をそっとはらいのける。
 それから、ふわりと頬を包み込む。
 もう一方の手で、薬指に紙をまいたままのわたしの右手をぎゅっと握る。
 いくつかの駅を通り過ぎた頃、高瀬はふいにわたしをお姫様だっこで抱き上げた。
 そして、乗り合わせた人たちが注目する中、当たり前のように電車を降りていく。
 寒い寒い冬空の下、そこだけを常夏色に染めて。
 そうして、高瀬につれて帰られたことを、わたしは後になって知ることになる。
 無駄ににこにこ微笑み、「感謝のしるしをくれ」と言いながら、わたしに迫ってきた高瀬によって。
 もちろん、その後おいしくいただかれちゃったことは言うまでもない。
 本当、新年早々、何をしているのだか。
 この俺様ペテン師も、わたしも。
 それにしても、高瀬が着物を着なかったのは、こういうことだったのね。
 疲れて眠ったわたしを、連れて帰りやすいように。
 つまりは、そんなわたしの行動までも、この男にはわかっていたということ。
 はじめから!
 本当、どこまでいっても癪に障るインチキペテン師よね。
 ところで、あのおみくじに書かれていたことって、……あたるわけないわよね!?


神様なんて おわり

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update:05/01/01