何よりもあたたかいもの
(1)

「楓花、今から遊園地デートをしよう」
 清々しい朝の光景に、にっこりと微笑みを浮かべ飛び込んできたそれ。
 世にもおぞましい、その笑顔。
 瞬時に、フリーズ。
 思わず、持っていたフレンチトーストを、ぽろっと落としそうになったじゃない。
「はあ!?」
 わたわたとフレンチトーストをキャッチしながら、思いっきりしかめっ面をしてあげる。
 あなたはまた、突然おかしなことを言い出して。
 まあ、この男の場合、いつも、思い立ったが吉日とばかりに、その場のノリだけで行動しているようなものだけれど。
 ひらめくと、考えることをするっととばして、即実行。
 そんな短絡お気楽思考の持ち主。
 この高瀬昴弥というペテン師は。
 目の前でにこにこ微笑む高瀬を、あっさり無視して、わたしは優雅にマグカップを口へ運ぶ。
 うーん、なんともいい香り、このインスタントコーヒー。
 どこかのインチキ教師が入れるコーヒーとは違って、インチキ臭がまったくなくてね。
 無視を決め込んでみても、この男には痛くもかゆくもないよう。
 マグカップを持つわたしの手をぎゅっと握り締め、やっぱりにっこり。
 ――嗚呼、もう、はいはい。わかっていますよ、わかりました。
「朝食がすんだらつき合ってあげるから、もうちょっとそこで待っていなさい」
 わたしの手を握る高瀬の手をべちんとたたき、「おすわり」と向かい側の椅子を指差す。
 すると高瀬は、ごろごろ猫さんなのにちゃんと言うことを聞いて、忠犬のように素直に椅子をひき、そこににこにこと腰を下ろしていく。
 その目は、それることなくわたしを見つめている。
 本当に、このペテン師は、俺様なのだか素直なのだか。
 最後まで、この俺様男は、楽しそうにわたしの食事風景を見て……見つめていた。
 結局、貴重な休日も、この男のためだけにつぶれるのね。
 まあ、そんなこと、わかっていたけれど。
 最初から、あきらめているけれど。


 ――ねえ、これってありだと思う?
 普通、遊園地ではしゃぐのって、女の子の専売特許だと思っていたのに……。
 どうして、この男の場合、女の子であるところのわたしをさしおいて、一人うかれはしゃいでいるの!?
 ふわふわと地面から足を浮かせ、漂ったりなんかしちゃってさあ。
 その姿、まるでくらげ。
 まあ、くらげ人間――人間? 害虫の間違いでしょう――のこの男だから、それでも別に不思議には思わないけれど。
 ……あ、糸が切れた凧でもいいかも、この男の場合。
 ふらふらとあちらこちらをさまよって、そのままどこへなりとも消えてもらいたいくらいだわ。
 電線……高圧線にでもひっかかるなり何なりして、そのままさようなら、でもいいけれど。
 とにかく、この男がいないというだけで、わたしの世界は天国、パラダイス!
 ……と言いつつも、こうしてつき合ってあげているあたり――渋々だけれど、もちろん――結局のところ、わたしはこの男にならされてきているの?
 嫌だ嫌だ。これじゃあ、わたしまでも、この男のためだけに、普通でいられなくなりそうな予感がする。
「なあ、楓花! 今のジェットコースターすごかったな!」
 目をらんらんきらきら輝かせ、わたしに同意を求めてくる高瀬。
 両手両足をばたばた動かして喜んでいるように見えるのは、わたしの目の錯覚?
 あなたのその姿を見るだけで、わたしはげんなりしてくるのだけれど?
 まるではじめて遊園地につれてきてもらった子供みたいにはしゃいじゃって……。
 あなた、絶対、年齢を偽っているでしょう?
 精神年齢五歳くらいじゃないの?
 それにしても、この俺様男が、たかが遊園地ごときでこんなにうかれるなんて、ある意味、意外。
 そして、天変地異の前触れ?
 この男のことだから、どうせ「楓花はこういうのが好きだと思って」とでも言うと思っていたのに。
 今回に限っては、それはなさそう。
 一〇〇パーセント間違いなく、この男が楽しみたいだけのような気がする。
 それにつき合わされているわたしって、本当不憫よねえ……。
 じとーりとうかれる高瀬見てやると、それにすかさず気づき、ん?と首をかしげてくる。
 それでもやっぱり何も言わず、じとーりとにらみつけ続ける。
 すると、ふと何かに気づいたように、高瀬はにっこり微笑んだ。
「楓花と一緒だから、楽しいんだよ」
 それがたとえ火の中だろうと水の中だろうと、ととっても続けたそうなのは、絶対気のせいなんかじゃない。
 じゃあ、お一人でどうぞご勝手にいってください、どこへなりとも。お一人で!
 もちろん、にぎっていた手をぐいっとひきよせられ、高瀬の胸の中へダイブしていたことは言うまでもない。
 あーあ。やっぱりわたしって、この男にいいように扱われる運命にあるのね。
 というか、わたしと一緒だからって……。
 本当、わかりやすい男だわ。
「楓花、次はあれにしよう」
 抱き寄せるわたしの頬をふわっと両手で包み、高瀬は無駄に艶かしく微笑む。
 ……だから、あなたのフェロモン、使うところを間違っているんだってば。
 無駄に一点集中でしかけてくるの、やめてくれる?
 でもまあ、そんなあなたのフェロモンも、わたしには通用しないけれどね。
 というか、むしろうざい。
「はいはい、次はど――」
 まっすぐに指差された方を見て、思わずそこで言葉をとめてしまった。
 だって、この男――。
 やっぱり。やっぱりこうきましたか。
 本当にわかりやすい男ね。
 この男のことだから、絶対こうくると思っていたわよ。
 おばけやしき!
 どうせ、その裏に隠された――隠されてなんて全然ないけれど、この男の場合――魂胆、みえみえ。
 暗闇の中でちゃっかり……だとか、きゃあとか言ってわたしに抱きつかれることを、とっても期待しているんでしょう?
 本当、不純な動機がぷんぷん漂ってきているわよ。
 誰にでもわかるくらい。
 にじみ出る、いかがわしい色のそのオーラが、何よりの証拠!
 ――はあ、この男の頭のつくりって、本当単純。そして、欲望にまみれている。
 この俗物め!
 そのペテンの技をもって、もっと凝ったことをしてみなさいよ、誤魔化してみなさいよ。少しくらいは。
 最近では、ペテンにかけることすら忘れているようで、本能のままに行動してくれるのだから。
 わたしでも、予測可能になっちゃったじゃない。
 だから、余計に疲れる。


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update:05/01/03