何よりもあたたかいもの
(2)

「んー、残念。のりものに乗るのか……」
 おばけやしきの前まで来て中をひょいっとのぞき、高瀬はどことなく不服そうにそんなことをつぶやいていた。
 というか、……はい?
 それがどうしたというのよ。
 別にのりものに乗ろうが乗るまいが、結局あんたがすることは同じでしょう?
 どさくさにまぎれて、わたしを抱きしめる。
 それしかないのよ、この男の場合!
 決めつけとか偏見とかでは決してなくて。
「高瀬? 入るんでしょう」
 からめるように握り合う手をぐいっとひき、高瀬をおばけやしきへひっぱる。
 まあ、何をされるかわかっていて、あえて促すわたしもどうかと思うけれど?
 でも、仕方ないじゃない。
 ある程度は思うようにさせていないと、この男、一度ご機嫌をななめにするとたちが悪いから。
 高瀬は、わたしの言葉に、どこか衝撃を受けたように目を見開いた。
「何よ?」
 本当、その目は何?
 一体、何にそんなに衝撃を受けているというの?
「あ、いや……。楓花は……こういうの……?」
「苦手なわけないじゃない。わたしを誰だと思っているのよ」
 すごすごと聞いてくる高瀬に、ぴしゃりとそう言ってやる。
 すると、この男はこれみよがしに、がっくり肩を落とした。
「……じゃあ、いい。おまけに、のりものだし……」
 ぐいっとわたしの手をひく。
 そして、まわれ右。
 ……はい?
「ちょ、ちょっと! 高瀬!?」
 慌てて声をかけると、高瀬は今にも泣き出しそうな顔でわたしを見つめてきた。
 それはまるで、非難しているようにも見える。
「だって、楓花、苦手じゃないって言うし。それにのりものだなんて……。俺の楽しみが台無しだろ? 怖がって俺に抱きついてきた楓花を、すかさずお姫様だっこ! そして、愛をささやきあいながら……」
 ぼこっ。
 そこまで言いかけた高瀬のみぞおちに、わたしの華麗なる拳をお見舞いしてやった。
 ……この男、やっぱりか!
 やっぱり、そういうことを企んでいやがったのね!
 本当、ことごとく予想を裏切らない男ね!
 楽しいくらいに!
 それにしても、よ、よかった。
 本当のことを言わなくて。
 これで、本当はこういうのが大の苦手だってばれたら、間違いなくおいしくいただかれているところだったわ。
 本当、なんて油断ならないペテンライオンなの!
 やっぱり、そういう魂胆だったのね。
 命拾いしたわ。


「楓花、それうまい?」
 ひょいっとわたしの顔をのぞきこんできて、高瀬がそんなことを言う。
 というか、うまいも何も……。
 これ、ただのソフトクリームですが?
 まあ、寒空の下、ぺろぺろとソフトクリームをなめるわたしもどうかと思うけれど。
 でもね、こういうのってわくわくしない?
 夏も冬も関係なく、遊園地で食べるソフトクリーム。
 ――残念なことに、さすがにいちご味のソフトクリームは売っていないけれど。
 遊園地に来たら、必ず一度は食べちゃうあたり、わたしも高瀬のことを言えないくらい、遊園地をちゃっかり楽しんでいるのかもしれない。
 まあ、高瀬と二人きりというところをのぞけば、遊園地は楽しいわよ?
「欲しいの? 欲しいなら、高瀬も買っ……」
「いや、一口でいい」
 くしゃりとわたしの頭をなでながら、高瀬が顔を近づけてくる。
 高瀬の手が髪に触れた瞬間、ぞくんと体が反応していたけれど、きっとそれは気のせい。
 だって、高瀬に髪に触れられるのが、その……少しでも気持ちいいと思えるなんて、絶対にあってはならないことだもの。
 もうちょっと触れていてくれないかな、なんて思うのも、あってはならないこと。
 そんなことで葛藤しながら、ふいっと高瀬を見てみる。
 その拍子に、高瀬はソフトクリームを一口さらっていく。
 と思いきや、……こ、この男、今何しやがった!?
 一口でいいと言いつつ、わ、わ、わたしのー!
「うん、うまいな」
 ぐいっと親指で唇をぬぐい、つづけてわたしの唇にそれをそっと触れさせる。
 もちろん、俺様ちっくににやりと微笑んで。してやったりと。
「たわけ!」
 それはそれは、おいしいでしょうよ!
 ソフトクリームじゃなくて、わたしの唇についたソフトクリームをぺろ……。もとい、そのままちゅっとキスしてきたのだから!
 どさくさにまぎれて、この男は……!
 本当、どこまでいっても予想を裏切らない男ね!
 ところで、聞きたくないけれど、一応きかなきゃいけないような気がするから聞くけれど、一体どちらがおいしかったの?
 ソフトクリームか、それとも――。
 ……もう、いや。
 ちろりと高瀬を見上げると、高瀬は何事もなかったように、ふんふんと鼻歌なんかを歌いながら、すいっとわたしの肩を抱き寄せる。
 わたしもなんだか抵抗することを忘れて、高瀬の腕の中、ぺろぺろとソフトクリームをなめ続ける。
 そんなわたしを目のはしにとらえ、高瀬が妙に優しく微笑んでいたことも、当然わたしは気づいている。
 どうしてここまで、この男の世界は、わたしを中心……いやいや、自分の欲望を中心に、まわすことができるの?
 それが、いつまでたっても解けない謎。
「あ……。わんちゃん」
 高瀬に肩を抱かれながらソフトクリームを食べていると、目の前にわんちゃんが現れた。
 ううん、正しくは、わんちゃんのぬいぐるみ。
 ゲームカウンターの景品棚に、大きなわんちゃんのぬいぐるみが座っている。
 首に真っ赤なリボンなんてまいて、くりんくりんなどんぐりおめめで、わたしをじっと見つめてくる。
 うん、景品にしては、なかなか愛いやつ。
 思わず、ぽわんとみとれちゃうじゃないか。
「あ、あれか。楓花、欲しいのか?」
 当たり前だけれど、わたしのそんな小さなつぶやきも、この男は聞き逃していない。
 即座に反応して、もうちょっとだけわたしを抱き寄せる。
 そして、ふわりと耳元でささやく。
 というか、一体全体、耳元でささやく必要がどこにあるの?
 そう思いっきり思うけれど、この男にはそういう常識はまったく通用しない。
 ううん、もとからない。
 だから、もうあえてはつっこむ気にもなれない。
「ううん、別にー。だけど、かわいいなと思って」
「ふーん……」
 ぺろぺろとソフトクリームをなめながら、気のないふりをする。
 本当は、めちゃくちゃひかれるけれど。気があるけれど。
 だって、この男のことだから、ここで欲しいと言ってしまったら、絶対、何がなんでも手に入れると思うから。
 そう、インチキ、いかさま、ペテンを使って。
 こういう景品は、だいたい複数人でゲームをして、一位になった人だけがもらえるもの。
 そのためだけに、わたしの言葉一つで、高瀬のことだから犯罪を犯しかねない。
 別にわたしはそれでもいいけれど、やっぱり、飼い主という立場上、人様にご迷惑をかける行為は極力さけたいものね。
 本当、できが悪いごろごろ猫さんだこと。


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update:05/01/03