何よりもあたたかいもの
(4)

 仕方がないから、メリーゴーラウンドにはつき合ってあげるわよ。
 だけどね、かぼちゃの馬車は却下!
 明らかに、間違いなく、高瀬のたくらんでいることがわかるから、何がなんでも却下!
 するりと高瀬の手をほどき、一人すたすた歩いていく。
 かぼちゃの馬車を通り過ぎ、一人乗りのお馬さんに。
 そして、ひょいっとそれに飛び乗る。
 ふふんっ。
 どう? これで、もうかぼちゃの馬車には乗れないわよ?
 そんなに乗りたければ、あなた一人で乗っていなさい? 淋しくね。
 後からついてくる高瀬をちろっと見ると……あれ? むっつりすねていない?
 高瀬のことだから、絶対すねると思っていたのに。
 首をかしげて、こちらに歩いてくる高瀬を見ていると、このペテン師はちゃっかりやりやがった。
 わたしが乗るお馬さんの横にすっと寄ってきて、そして、するりとわたしの腰を抱き寄せる。
 無駄にふわりと微笑み。
 そうかと思うと、強引にわんちゃんをわたしに押しつけてきて、あいたその手を、ポールをにぎるわたしの手にそっと重ねてきた。
 それから、当たり前のように、さりげなさを装い、わたしの唇をさらっていく。
 結局、欲望を満たすことができれば、何でもいいというように、高瀬はにやりと微笑む。
 そっと唇をはなしていきながら。
 くっ……。
 や、やられた。
 かぼちゃの馬車じゃなくても、この男はする時はするのよ!
 ――というか、もしかしてこのわんちゃん……。
 こういう時のために、とったとか?
 わんちゃんを抱くわたしの腕は、いわば拘束しているも同じだから。
 嗚呼、この男は、一体どのくらい先までよんで行動しているの。
 その先見の明、どうせなら、世の中のためだけに使って欲しいものだわ。思いっきり。
 ……まあ、無理だとはわかっているけれど。
 何しろ、自分を中心に世界をまわす男だから。
 というか、やっぱり、限りなくペテン師。


 そして、やっぱりこうなる。
 遊園地のしめくくりの定番といえば?
 もちろん、観覧車。
 それしかない。悔しいけれど。
 特に、このドスケベ俺様ライオンが考えることだもの、それ以外あり得ない。
 いわば密室で二人きり――。
 うぎゃあ。こ、今度こそ、何をされるかわからない。
 嗚呼ー。
 ほら、見てー。
 まるでわたしをせせら笑うかのように、ゆっくりと、だけど着実に、わたし――と高瀬――を乗せたゴンドラは、地上からはなれていく。
 一周十五分とかいうこの観覧車。
 そのわずか十五分、されど十五分、わたしは無事に乗り切ることができるのでしょうか?
 それは、神のみぞ知る?
 ううん、極悪ペテン師のみぞ知るというところ?
 ――最悪。
 ぎゅっとわんちゃんを抱きしめて、ぎんぎんに警戒心をむき出しにしてあげる。
 ここで少しでもすきを見せると、絶対そのままおいしくいただかれはじめるに違いないから。
 高瀬の行動パターンなんて、もう嫌というほどわかっているもの。
 そうして何気なさを装っても無駄よ。
 わたし、ちゃんとわかっているんだからね。
 妙に艶かしく広がる景色を見ていたって、その目がぎらぎらと、獲物を狙うライオンの如く輝いちゃったりしていることくらい。
 くうっ、そんなことを考えていると、なんだか寒くなってきちゃったじゃない。
 ぶるるっと、思わず身震いなんかもしちゃうじゃない。
 それもこれもぜーんぶ、この俺様ペテン師のせいなのだけれどね。
「寒い? 楓花」
 どうやら、さっきの身震いを高瀬に見られていたみたいで、そんな的外れなことを聞いてくる。
 ……いや、本当は、ある意味的中なのだけれどね。
「別に」
 本当に、別にです。
 寒く……うーん、たしかに寒いのは寒いけれど、それは本当の寒さじゃない。
 何というか、思わず嫌な想像をしちゃって、それで寒くなったというか……。
 ぷいっと顔をそらしたら、視界の隅でがたっという音がした。
 慌てて高瀬に向き直ると、ふわりと首にマフラーを巻かれていた。
 高瀬のカシミヤの真っ黒いマフラー。
 まるでそのお腹の中をあらわしているような、真っ黒。
「え……?」
 びっくりして、高瀬を見つめる。
「そして、これ」
 今首にまかれたマフラーみたいにふわふわであたたかな微笑みを浮かべ、高瀬はそのままほんわりとわたしを抱きしめてくる。
 あっさりと、わんちゃんをわたしの手から奪い取り、そのまま放り出して。
 頬に触れる高瀬の胸から、とくんとくんと命を刻む小さな音が聞こえてくる。
 思わずそのまま、その胸にこてんと頭をもたれかけていた。
 わんちゃんを抱いていた時よりも、こっちの方がだんぜんあたたかい。
 足元で、わんちゃんのぬいぐるみが、淋しそうに泣いている。
 ……ばか。
 高瀬のばか。
 こんなにあたたかいなら、はじめからこうしていなさいよね。
 ――嘘よ。
 さっきは、ああ言ったけれど、……嘘。
 本当は、わんちゃんを抱きしめていたのは、寒かったから。
 身震いしたのだって、陽が傾き気温が一気に下がってきたから。
 でも、悔しいから、そんなことは絶対に言ってやらない。
 言ったが最後、わたしがどうなるかということくらいわかっているもの。
 寒くないようにと抱きしめられちゃって、そのままおいしくいただかれちゃうなんて、もってのほかよ。
 すでに実行されているような気が、とてつもなくするけれど。
 でも……。
 観覧車が一周する残り十分は、このままでいてあげてもいいけれどね。
 伝わってくる高瀬のぬくもり。
 今は寒いから、大人しくコートがわりに抱かれていてあげるわ。
 沈みゆく太陽になんて、目もくれてあげることなく。
 どうして、こんなに、この場所が大切だと、愛しいと思ってしまうの?
 こんな何気ないことで。
 いつもと同じぬくもりで。
 きっと、このぬくもりが、何よりもあたたかい。
 そして、わたしを惑わせる。
 こんなの、はじめて。
 もっとずっとこうして、高瀬と一緒にいたと思ういなんて。
 抱きしめられていたいと思うなんて。
 なんだか、観覧車が一周する十五分という時間が、とても短く感じる。
 夕暮れが魅せる、そんな幻想。


何よりもあたたかいもの おわり

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update:05/01/08