あきらめてあげる
(2)

 がたんごとん。
 そんなレトロな音などしない、快適素敵な新幹線の旅。
 奇跡的に、誰一人乗り遅れることなく、予定の新幹線に乗ることができた。
 まったく、肝が冷える思いがしたわよ。
 この男のためだけに。
 ギリギリセーフ、滑り込みセーフで乗車できた生徒のみなさんも先生たちも、自分たちの座席に座り、ぐったりしている。
 まあ、それも時間の問題だとは思うけれど。
 そのうち、忙しなく、元気に動きまわりはじめるだろう。
 一部では、ぎゃあぎゃあと大声で笑いながら、お菓子を食べたり。
 一部では、トランプなどのカードゲームに興じたり。
 はたまた、賭博まがいの花札をしたり……。
 もちろん、お金をかけるのじゃない。学食の食券とかそんなところ。
 あとは、掃除当番とか?
 本当、どこの学校も、生徒なんてこんなものよ。
 そのはずなのに……。
 何故だか、ううん、当たり前にも、わたしはそんな生徒さんたちの輪に入ることはできない。
 もちろん、理由は決まっている。
 この男がいるから。
 この男のためだけに。
 車両のいちばん後ろ、二列シートを略奪し、高瀬はすりすりとわたしに頬ずりをしている。何故だか。
 しかも、わたしが逃げ出せないように、わたしを窓側へ押しやって。
 これは、滑り込みセーフで乗車した直後から繰り返されている。
 ねえ、だから、あなたはもう。
「高瀬、いい加減にしなさいよ。本来なら、この席は副担のもので、わたしの席じゃないでしょう」
 高瀬の腕の中、はあと盛大なため息をもらす。
 そして、それは間違いじゃない。
 わたしの席は、車両の真ん中辺り、委員長であるところの浦堂の隣のはず。
 一緒に、クラスの連中がはめをはずしすぎないように見張るはずだった。
 なのに、どうしてわたしは、今ここに?
 そして、どうして副担は浦堂の隣に?
 ――絶対、いちばんはめをはずしているのは、高瀬だと思う。
 ああ、違った。
 高瀬は普段からこんなのだから、今さらはずすはめなんてないのよね。
 まったくもって、不本意なことに。不愉快極まりないことに。
 高瀬の腕の中にいると、せっかくの窓際の席にもかかわらず、流れていく景色を楽しめないのがとてつもなく辛いところ。悔しいところ。
 だって、景色に気をやることはできないから。
 気をやったが最後、やられる。
 好きなように。
 そして、堪能される。
 すりすり頬ずりなんてかわいいものじゃなく、ごろごろ甘えん坊猫さんで。
 だから、ここはしっかり気をはっておかなければ。
 すごく残念だけれど、景色……。
「高瀬先生、いい加減にしてください。教師であるあなたが、率先して団体行動を乱してどうするんですか。ルールというものは、守るためにあるんですよ。そして、秩序を乱さないために」
 ぐすんと名残惜しく窓の外にちらっと視線をやった時だった。
 ふいに、わたしの耳に、そんな言葉が飛び込んできた。
 同時に、高瀬のわたしを抱く腕に、少し力が加わってもいた。
「浦堂か……。まったく、おもしろみのない奴だな。修学旅行というものは、はめをはずして楽しんでいくらだろうが」
 すぐ横の通路に立ち、にらむように見下ろしている浦堂を、高瀬はおもしろくなさそうに一瞥する。
 そしてまた、高瀬はわたしをぎゅむっと抱きしめる。
 そんな高瀬の行動に、浦堂の額に青筋が三本くらい浮かんだのを、一体どれだけの人間が気づいただろうか。
 恐らく、高瀬以外の人間すべてが、気づけていることだと思う。
 すでに、わたしたち三人は、お気楽極楽クラスの注目の的。
 騒がしかったこの車両が、一瞬にして静まりかえっていた。
 息をのむ音まで聞こえてくる。
 ……まったく、物好きクラスめ。
「それは、生徒に限りです。まがりなりにも教師であるところのあなたが、それでどうするんですか? それではしめしがつきませんよ」
 緊迫している空気を破ったのは、浦堂だった。
 まるで高瀬を諭すようなその言葉。
 これでは、どちらが教師だか生徒だかわかったものじゃない。
 本当に、あきれるペテン師ね。
 浦堂ははあと思いっきり馬鹿にしたようなため息をもらし、ふっと鼻で高瀬を笑う。
 まるで挑発するように。
 当然のことながら、高瀬がその挑発にのらないはずがない。
 売られた――売られなくても、喧嘩は買っちゃうような高瀬だもん。
 ……ただし、何故だか浦堂に限り。
 浦堂以外の人間の挑発は、さらっと無視しちゃうのに。
 そこが、今でもわたしに謎を運んでくる。
「まったく……。口うるさい奴だな。うらやましいならうらやましいと素直に言えよ。――まあ、言ったところで、楓花はやれないけれど」
 高瀬も浦堂に負けないくらいに、馬鹿にしたような、うっとうしそうなため息をもらす。
 さりげなく、その手がしっしっと、まるで犬でも追い払うように動いている。
 そして、おもむろに顔を近づけてきて、高瀬は浦堂にあてつけるように、すっとわたしの唇を奪っていった。
 もちろん、同時に、ぼごんとぶさいくな音が、この車両に響き渡ったことは言うまでもない。
 わたしの華麗なる拳が高瀬のあごに炸裂し、同時に浦堂が高瀬の腕をつかみわたしからひきはなしていた。
 さすが、委員長。
 素早い行動。
 まあ、高瀬とのやりとりに、とってもたくさんとげ――それとも火花?――を感じはしたけれど、浦堂って、こんなキャラだったのね、実は。
 なんだか今さらという気がしないこともないけれど。
 いつものこの展開に満足したように、お気楽極楽クラスの連中は、それぞれのお楽しみに再び興じはじめた。
 わたしの目の前では、相変わらず、高瀬と浦堂の静かなる戦いが繰り広げられている。
 ……嗚呼、本当、疲れる。


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update:05/01/30