あきらめてあげる
(3)

 新幹線とバスの長旅を経て、一行は今夜の宿へとついた。
 この頃になると、みんな疲れて、へろへろになっていると思いきや、何、この妙にある元気は。
 お肌だって、いまもってツヤツヤ。
 不必要に高いテンション。
 他のクラスの生徒たちは、それなりにげっそりしているというのに。
 恐るべし、高瀬が担任のこのクラス。
 どうやら、すでに高瀬に感化されてしまったよう。
 お気の毒に。
 そして、ご愁傷さま。
 あなたたちは、もうまっとうな人生を送ることはできないでしょう。
 合掌……。
 そんなお気楽極楽連中の横で、わたしは今夜の宿をぽかーんと見上げている。
 そして、前言撤回。
 うちの高校は、贅沢。
 普通、高校生の修学旅行で、老舗温泉旅館なんて使う?
 ……はあ。
 もしかして、こういうこと?
 これが狙い? 目的?
 高瀬の奴。
 海外へ行くだけが贅沢じゃないということねえ……。
 なるほど、だから阻止しなかったわけか。
 こんなところで納得させられてしまうのが、とっても不本意なのだけれど。
 そして、不愉快。
 それよりも、もっと問題なのが……これ。
 露天風呂。
 どうして、こんなものがあるの!?
 そして、どうして、わたしはずるずると、クラスのキャピキャピ娘さんたちに引っ張られていっているの?
 修学旅行の露天風呂といったら、露天風呂といったら――。
 のぞかれる!
 ……まあ、そんな漫画のようなことが実際に起こったりするとは、わたしも思っていないけれど。
 だけど、例外はある。
 たった一人だけ。
 あのインチキペテン師。
 高瀬のことだから、なんだかとっても、奴にだけはのぞかれそうな気がしてならないのだけれど?
 わたしだけなら、間違いなくのぞかれると思う。
 だけど、その他たくさんのキャピキャピ娘さんたちも一緒となると、さすがの高瀬も……。
 ――いや、やっぱりあり得る。
 あのエロエロペテン師のことだから。
 そういうと高瀬の奴、絶対、
「俺って信用ないなあ」
 とか、にやにや笑って言いそう。
 というか、そんなものあるか! あの男に限って。
 あの男においては、信用というその言葉は、限りなくあてにならないと知っているもの。嫌というほど。
 あの男は、わたしのことになると、常識外のことを平気でしてしまう。
 それくらい、わたしだってちゃんとわかっているのだから。知っているのだから。
 本当、なんてインチキペテン師なのだろう。
 最っ低!


 結局、露天風呂へ強制連行され、現在、湯上りほかほか。
 高瀬にのぞかれるということは、どうやら杞憂に終わったみたいで、とりあえずほっと一安心。
 ……のはずなのだけれど?
「ふーん。貸切風呂もあるのか。楓花、一緒に入るか?」
 今日の宿につき、それぞれに部屋に荷物をおいて、お風呂にも入って、あとは夕食まで自由行動。
 この辺りの町中を散策するもよし、旅館の中でゲームをしたり卓球をしたりして親睦を深めるもよし。
 そのような自由時間、わたしは何故だかここにいる。
 旅館のロビー。
 そして、目の前には、『貸切風呂はこちら』という案内板。
 高瀬にがしっと肩を抱かれ、逃れること不可能。
 あいたもう一方の手で、高瀬は貸切風呂の文字をこつんとはじく。
 力強そうな、だけど優しそうで、すらっとのびた、高瀬の指。
 ……不覚にも、その指に、一瞬見とれてしまったことは、高瀬には絶対に言えない。
 その指で、その手で、わたしはいつも触れられている。
 そう思うと、とくんと胸が脈打った。
 そこが、不思議。
 見なくてもわかる。
 ななめ上にある高瀬の顔は、この世でもっとも醜悪な、にやにやといやらしい笑みをたたえているに違いない。
 嗚呼、もう、この男は。
「入るわけないでしょう!」
 わたしの肩を抱く高瀬の手の甲を、ぎゅむっとつまんでやる。
 というか、こういうことだったのね。
 この男のことだから、ただですむはずはないとは思っていたけれど、貸切風呂なんてものがあるから、反対はしなかった。
 つまりは、そういうこと?
「だけどなあ、もうすでに予約済み」
 やっぱり高瀬のことだから、ぎゅむっとつまんでやってもびくともしない。
 さらにぎゅうとわたしを抱きしめ、顔をこれでもかというほど近づけて、にっこり微笑む。
 そんな凶悪な言葉とともに。
 ……ちょっと待て。
 な、何を考えているのよ、この男は!
「そんなに入りたければ、とっとと一人で入ってこい!」
 ぼんと顔が真っ赤になるのと同時に、がばっと高瀬を振り払い、わたしの華麗なる蹴りが高瀬の腰にお見舞いされていた。
 一瞬ゆらりとゆれたものの、たわいないとばかりに、平然とそこにたたずみ続ける高瀬。
 相変わらずの俺様な微笑みを浮かべている。
 「ふーん、そう。そんなことを言ってもいいの?」なんて、まるで試すようにその目がわたしを見ている。
 その後に続けられる言葉は、お決まりのパターン。
「怖いよ?」
 きっとそれに違いない。
 な、なんて男なのだろう、この高瀬昴弥というペテン師は。
 当然のことながら、このロビーには、わたしたち二人だけということは断じてあり得ない。
 ちらほらと姿を見せていた生徒が、高瀬の「一緒に入るか?」の言葉に、ぎょっと目を見開き息をのみ、わたしたちの動向を見守っていた。
 どうやら最近、わたしと高瀬のやりとりは、学校の連中の興味をひいてならないみたい。
 何かといっては、興味深げにいつも見られているような気がする。
 当事者じゃなければ、さぞおもしろいことでしょうね。
 まったく、高瀬のために、わたしは動物園のパンダにでもなった気分よ。
「……高瀬先生、あなたはまた訳がわからないことを言って、南川を困らせているんですか」
 はあと疲れたサラリーマンのようなため息と同時に、そんな言葉が聞こえてきた。
 もちろんこれは――。
「浦堂、またお前か。お前はいつもいつも……」
 げしっと高瀬に蹴りをお見舞いしてやったにもかかわらず、わたしはもうすでに、再び高瀬の腕の中にいる。
 両腕でがっちり抱かれ、「んんー」と嬉しそうな声をもらしながら、高瀬はわたしの髪に顔をうずめている。
 し、信じられない。この男。
 そんな高瀬にかまうことなく、浦堂はすました顔で、さらっとこう言い放つ。
「はいはい。それよりも、先生、うち合わせの時間ですよ。明日の確認をするんでしょう? あちらで、他の先生たちが、首を長ーくして待っていますよ」
 ちらりとロビーの向こう側へ視線を流し、にっこり微笑む浦堂。
 う、浦堂。まさか、そんな技術を持ち合わせていたなんて。
 どこからどうみても、さわやかな学年主席のもてもて委員長なのに。
 もしかして、高瀬に影響されちゃっているの?
 さわやかなのだけれど、どこか嫌味を感じさせるその微笑に、高瀬はむっと一瞬表情を変えた。
 しかし、この男のことだから、そんなものはどうでもいいとばかりに、ひょうひょうと言ってのける。
 やっぱりふざけたことを。
「そんなもの、するだけ時間の無駄。どうせ予定通りにいくわけがないのだから、うちの学校では」
 ……待て。
 ちょっと待ってください。
 いや、それはあながち間違いではないけれど。
 うちの学校の連中のことだから、まともにスケジュールをこなせるとは思っていない。
 それを率先して乱しているのが、間違いなく、今わたしを抱くこの男。
 あなた、仮にも教師でしょう?
 その教師がそれって……。
 はあ、やっぱり疲れる。果てしなく。
「それでも行く! それがあなたの仕事でしょう!」
 少し語気を荒げ、呆れたように浦堂はそう言い放った。
 ごもっともなご意見。
 同時に、何故だかわたしは、浦堂の腕の中に瞬間移動していた。
 今わたしの頭の上には、得意げに微笑む浦堂の顔がある。
 ……あ、やばい。
 一瞬のできごとに、一体何があったのかわからない高瀬は、刹那、ぴたっと動きをとめ、体中から絶えることなく不機嫌オーラを漂わせ、ぎろりと浦堂をにらみつける。
 そして、ぐいっとわたしの腕をひき、浦堂の腕の中から奪還。
 続けて、さっとわたしを自分の背に隠す。
 そのまま浦堂に悪魔なにらみをお見舞いし、わたしの手をひき、高瀬は渋々先生たちのもとへ歩いていく。
 わたしは、もう高瀬に抗うことなんてあきらめてしまい、仕方なくついていく。
 だって、こうでもしないと、高瀬はちゃんと仕事をしないから。
 背後では、「南川はおいていけよ!」と叫ぶ浦堂の声がしたけれど、高瀬の耳にはまったく入っていないよう。
 当然、わたしは果てしない疲れを覚えていた。
 もう、この男の俺様ぶりには、逆らうだけ無駄だとわかっているだけに。
 やっぱり、この修学旅行、無事には終わらないと思う。
 その前に、わたしの体力と堪忍袋が、一体どこまでもつかが、いちばんの問題だとは思うけれど。
 だけど、浦堂はどうして、いつもわたしを助けてくれようとするの?
 他の生徒たちみたいに、傍からみて、楽しんでいれば楽だろうに。
 変なの。


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update:05/02/06