あきらめてあげる
(4)

 その日の夜。
 修学旅行といえば、やっぱりこれでしょう。
 一階下の男子の部屋から、何やら、どっすんばったんという音が、微妙に聞こえてきているような気がする。
 きっと、枕投げでもしているのね。
 当然、そこには、あの男もいるはず。
 高瀬昂弥、二十六歳。高校教師。
 教師なのに、生徒と一緒になって遊んでいるというあたりが、絶対何かが間違っていると思うけれど。
 本来、いさめる立場にあるはずなのに、……あの男は。
 この学校で、あの男に意見できる人なんて、理事長とわたしと……あと、最近では浦堂くらいなものだと思う。
 だから、みんな見て見ぬふりなのだわ。
 学年主任の先生ですらも。
 ……嗚呼、なんて嘆かわしいことなのかしら。
 そして、女子の部屋ではというと……。
 当然、こうなっている。
「ねえ、楓花ちゃん。高瀬先生とは、どこまですすんでいるの?」
「はあ!?」
 何故だか白羽の矢をたてられてしまった。
 餌食にされてしまった。
 どうしてわたしが……。
 よりそうように敷かれたお布団たち。
 この部屋は、十ニ畳間に六人という、修学旅行にしてはちょっとゆったりした人数構成。
 他の部屋も似たようなもの。
 ……まったく。
 このあたりにも、ちゃーんとお金をかけているわよね。
 普通の学校の修学旅行だったら、一人あたり一畳あるかどうかという、詰め込み状態だもの。
 ゆったりと敷かれたお布団の上に、お菓子や飲み物をおいて、夜のお楽しみをはじめる娘さんたち。
 当然、わたしもその輪の中に引きずり込まれている。
 半ば、むりやり。
 本当は、この時間も高瀬に呼ばれていたのだけれど、それは、キャピキャピ娘さんたちが何故だか阻止してくれた。
 「高瀬先生だけ、楓花ちゃんを独り占めするのはずるい!」とか何とか、訳がわからない理由をそえて。
 そして、それが……その理由が、ようやく把握できた。
 つまりは、こういうこと?
 みんなで、わたしで遊ぼうという魂胆だったのね。
 はあ、もういいけれど。
「どうしていきなり……」
 だけど、一応はそう言ってみる。
 無駄だとはわかっていても、一応は抵抗。
 見てよ、らんらんに目を輝かせたこの娘さんたち。
 どうして、この年頃の娘さんたちは、こういう話が好きなの?
 わたしにはついていけない。
「え? 修学旅行の夜といったら、やっぱりこれはつきものでしょう? 恋話っ! ……まあ、怪談というてもあるけれど、それはまた明日のお楽しみにでも……。こっちの方が興味があるし」
 ぽてちを口にくわえ、嬉しそうに微笑む娘さん。
 そして、それに同調して、他の娘さんたちも――。
「ねえー!」
「ねえ!?」
 だからそこ、顔をつき合わせて、首をかしげて、「ねえ」じゃないでしょう。
 嗚呼、まったくもう、頭が痛い。
 どうして、この年頃の娘さんたちは、こうなのだろう。
 やっぱり、わたしにはついていけない。
 というか、これ……絶対、高瀬の影響を受けている。
 嗚呼、もうっ。
「……別に、どこまで……ということもないわよ。みんなが知っているところまでよ。どうせ、わたしと高瀬のことなんて、筒抜けなのでしょう? というか、わたし、認めていないし。まだ」
 紅茶のペットボトルをぎゅっと握り締め、ぷいっとそっぽを向いて、それだけを言うのがやっとだった。
 わたしの手の中では、飲みかけの紅茶が、いやに綺麗な紅を放っているから、なんだか嘲られているような気がする。紅茶ごときに。
 だって、本当に、別に……どこまでということはないし……。
 それにやっぱりまだ、あの男と、そ、その……婚約しちゃったなんて信じられないもの。
 今も、そっと手をのばせば、ポケットの中に、あの時もらった指輪がある……なんてことは、口がさけても言えない。
 指にはめられないなら、家においておけばいいと思う。
 だけど、どうしても行動に移すことができない。
 ずっとそばに感じていたいとか、何故だか思ったりして。
 指輪がここにあると思うだけで、心がほかほかする。
 ……やっぱり、不思議。
「やん。楓花ちゃん、かっわいいー! てれているよ、このこー」
 何故だか、部屋中に黄色い複数の声がこだまする。
 だ、だからどうして!?
「でもさあ、すっごい意外だったよね。まさか、あの高瀬先生が楓花ちゃんを好きだったとか、楓花ちゃんが高瀬先生に陥落しちゃっていたとか」
「そうそう、最初知った時は、驚きの方が大きくて、楓花ちゃんを直視できなくて、目をそらすかたちになっちゃったけれど」
 うんうんとしきりに首を縦にふりながら、一同妙に納得したようにそう言いあっている。
 しかも、心なしか、めちゃくちゃ楽しそう。
「え……?」
 思わず、わたしは顔を戻し、今目の前にいる五人の娘さんたちを凝視していた。
 だって、あの時のみんなの目は、たしかにわたしたちを軽蔑していたはずでは?
 すると、それに気づいた娘さんたちは、一瞬不思議そうにわたしを見た後、すぐににやりと嫌な笑みを浮かべた。
「もしかして、勘違いをしていた? まさか、こんなに楽しいことを前に、それをみすみす見逃すはずないじゃない?」
 にっこりと微笑む、娘さんたち。
 その微笑みは、やはり、どこかのペテン師を彷彿とさせる。
 嗚呼、もうこのクラス。
 完全に、たちが悪いインチキ菌のおかされている。
 わたしはその場に、ぽすんと倒れこむ。
 ふかふかのお布団が、妙に気持ちいい。
 お布団に顔をうずめるわたしの上では、くすくすという楽しそうな笑い声が続いている。
 なんだかわたし、高瀬だけでなく、このクラスの娘さんたちにも、よいおもちゃにされちゃっている?
 先行きがとてつもなく不安だわ。
 というか、真っ暗?
 でも……。そっか。
 案外、わたしたちは、腫れ物のように扱われているわけじゃなかったんだ。
 楽しまれちゃってはいるようだけれど。
 きっとそれは、あの男のせいなのだろうとは思う。
 あの男が、妙に人気がある教師だから。
 とんでもないことをしでかしたのに、今でも高瀬は生徒たちから好かれている。
 高瀬の行動ひとつひとつに、みんな楽しそうに同調したり笑ったり……。
 目がはなせないと言わんばかりに、高瀬の姿を追いかけているような気がする。
 なんだかそう思うと、あの男って、案外すごい奴なのかもしれない。
 それは、絶対に間違った方向にではあるけれど。
 高瀬って、ああ見えて、意外と生徒たちに慕われている……とか?
 あ、あり得ない。


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update:05/02/13