あきらめてあげる
(8)

 一体、どれだけの時間、二人そうしていただろう。
 時計の針がそろそろ深夜を刻もうとしていたかもしれない。
 うつらうつらと眠気に誘われていると、ふいに高瀬が立ち上がった。
 その腕には、わたしを抱いている。
 とってつけたように、お姫様だっこで。
 それから、それはまるで当たり前のように、ひとつ上の階の高瀬の部屋へ連れて行かれた。
 わたしはもう、この眠気のために、高瀬に逆らうことができなかった。
 ううん、そうじゃなくて……。
 もしかしたら、この時のわたしは、それを望んでいたのかもしれない。
 こうなることを望み、部屋を抜け出したのかもしれない。


 オートロックのドアをカードキーであけると、高瀬はそのままわたしをベッドの上におろし、覆いかぶさるように見つめてきた。
 それから、やっぱり、当たり前のようにわたしの横に身を沈めてくる。
 ふわりと香る、高瀬の香り。
 あまいあまい、薔薇の香り。
 惑わされる。かき乱される。わたしの心が。
 同時に、例えようのない安らぎが生まれる。
 何故だか――ううん、絶対、これはあらかじめ企んで――この部屋のベッドはダブルベッドになっている。
 他の部屋はみんなツインだというのに。
 「ツインが足りなかったんだよ」なんてそんなことを、高瀬は耳元でささやいていたけれど、そんなことがあるはずがないじゃない。
 高瀬のそのこねと権力と財力と……ペテンの技をもってすれば、黒でも白にできるくせに。
 足りないツインくらい、略奪できるはずでしょう?
 まあ、別にいいけれどね。
 それに高瀬も、普段から大きなベッドで寝ているから、シングルは少し辛いのかもしれない。
 まったく、本当に、どうしようもない金持ち男よね。
 ううん、やっぱり違う。
 これは、これを企んでのことなのよ。
 わたしの拉致を、あらかじめ企てていたに違いない。
 だって、眠い目をこすりながらぎろっとにらみつけてやると、高瀬は苦笑いを浮かべ、不安げにこんなことをきいてきたもの。
 今さらと思える、こんなこと。
「そんなに……嫌……?」
 ……俺と寝るのは。
 その後には、絶対そう続けられていたはず。
 聞かなくても、わたしには高瀬が言いたいことくらいわかる。
 別に……嫌じゃないわ。
 だって、高瀬と一緒に寝るのなんて、今さらだもん。
 もうあきらめている。ううん、あきらめてあげているの。
 それにしても、その目はやめてよね。
 まるで、わたしが悪いことをしているみたいじゃない。
 淋しそうにわたしを見つめるその目。
 まるで、捨てられた子犬のよう。
 だから、あなたはライオンじゃなかったの?
 いや、猫?
 まあ、とにかく、そんな目で見ないでよ。
 なんだか、そんな目で見られると、わたしが思いっきりひどいことをしているみたいじゃない。
 本当にね、別に、もう嫌じゃない。
 ただ、恥ずかしいだけ。
 それに、わたしも心のどこかでは、こうなることを望んでいたのかもしれない。
 それはもちろん、わたしの安眠のため。
 それ以外では、絶対にあり得ない。
 高瀬がいないと、一人では、わたしはぐっすり眠ることができないから、もう……。
 だけど、そんなことは絶対に言ってなんてやらない。
 だって、悔しいから。
 高瀬を調子づかせるとわかっているから。
 嫌じゃないのは本当。
 むしろ、こうして高瀬にぎゅっとされるのは、安心できるから、好き……かもしれない。
 こうして触れ合っているだけで、とても心が安らぐ。
 高瀬は、ううん、高瀬の腕の中は、とても不思議。
 まるで魔法みたい。
 不思議な不思議な、優しい魔法。
 これももしかして、ペテン師のペテンの技のひとつ?
 うん、嫌じゃない。
 だって、夢見る女の子というのは、やっぱり、修学旅行では好きな人と一緒にいたいと思うじゃない?
 まあ、その好きな人――多分、恐らく、不本意だけれど、そう位置づけしている男――が高瀬というのが、限りなくおもしろくないけれど。
 でもまあ、今はいいか。
 その特別な存在に、高瀬をしてあげる。
 楽しいから。うきうきするから。
 高瀬と一緒にいると。
 修学旅行の思い出には、こういうのも悪くはないかもしれない。
 なんだかとってもいけないことをしているようで――実際には、とってもいけないことなのだろうけれど――どきどきする。
 高校の修学旅行の思い出は、きっと高瀬でいっぱいになるだろう。
 ううん、高瀬しかないかもしれない。
 なんだかこの上なく、高瀬の思い通りという気がして、すごくおもしろくないけれど。
 だけど、今はこのぬくもりを失いたくないから、この時間が大切だから……。
 あきらめてあげる。
 高瀬が、わたしの横に並ぶことを。
 二日ぶりに、ぐっすり眠ることができた。
 高瀬のぬくもりを感じ、香りに包まれて。


 そして、これは余談だけれど、翌朝、朝食の席に二人で姿をあらわすと、そこでは大騒ぎになっていた。
 高瀬の部屋へのお泊りが、ばればれだったよう。
 それをネタに、邪推の嵐。
 この日、高瀬には先生たちから針のような視線が注がれ、わたしにはキャピキャピ娘さんたちの好奇の視線が注がれていた。
 本当に、あの男、どうしてくれよう。
 というか、潔白です!
 どうやら、わたしたちは、一夜をともにしたと勝手に決定づけられていたよう。
 でもまあ、そんなのも、今さらという気もするけれど? 否定はしないけれど?
 だって、わたしと高瀬は、いつも同じベッドで眠っているのだから。
 高瀬のぬくもりを感じる、薔薇のゆりかごの中で。
 わたしは、いつの間にか、高瀬なしじゃ眠ることもできなくなっていたのだと、もうあきらめてあげる。
 だから、ずっとずっと、こうしてわたしを抱いて眠ってね?


あきらめてあげる おわり

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update:05/03/13