ゆううつリボン

 ……やりやがった。
 本当にやりやがった、この男!
 リボンで自らをぐるぐるまきにした、変態男!
 しかも、ブルーなどという一般的な色じゃなくて、この男にまきついているリボンのその色は……金色、ゴールド!
 ――むしろ、禁色?
 一緒にパープルのリボンまでまきつけているし!
 この男の欲望に忠実かと思えてしまう、その配色。
 見事なまでの配色。
 ……ある意味、尊敬に値するかもしれない。頭が痛いことに。
 というか、あんたそれ、ミイラ男かというのよ。
 全身、包帯ならぬ、リボンずくめって。
 ――じゃなくてっ!
 だから、そんな格好で、ずいずいとつめよってこないでよ!
 いくら、ここが、あんたの部屋で、人払いをとっくにすませちゃっているからといっても。
 だって、よく見れば、上半身裸じゃないのよー!
 うっぎゃあー。
 本当に本気で、この男、世界最悪の変態だわー!
 ……やっぱり、今さらだけれど。
 今さらといえば、この薔薇屋敷のインチキライオンの巣へ拉致られてくるのも、今さら?
 そして、なんだかとっても、デジャビュが。
 この場面って、あれ? たしか、ハロウィンの時にも……。
「ささっ、楓花。早くこのリボンをほどいて、存分に俺を堪能してくれ」
 妙に真剣み帯びたその目で、さらにずいっとつめよってくる変態が一匹。
 すでに、がっちり腕をつかまれちゃっているので、逃げることなんてできない。
 どうしてこの男は、こうも予想を覆さないの?
 ――はっ! そうか。手がだめなら、まだ足もあったわ!
 楓花のミラクルキックをお見舞いしてやるわ。
 だ、だって、このままじゃあ、身の危険がてんこもりなのだもの。
 ……と思うのは、どうやら、わたしだけではなかったらしい。
 よまれていた。
 さっくりあっさりしっかりと。
 すでに、足までも、高瀬の両足の間にがっちりおさめられちゃっていて、う、動けないっ。
 ほ、本気でやばいわよ、この男。
 だって、すでに目がイっちゃっているものー!
 カ、カムバーック、高瀬。お願いだから!
 あ、あり得ないっ。
 変態だとはわかっていたけれど、まさかここまでの変態だったとは。
 嗚呼……。それもやっぱり、今さらのような気が、果てしなくするけれど。
 うにゃーん。
 もう、本当に、わたしにどうしろというのよ、この変態男は!
 とうとうここまできちゃったの!? この男の変態っぷり!
 これはもう、明らかに、犯罪よー!
 ――もちろん、今までのだって、ちゃんと犯罪だけれど。
 うきうきと心弾ませる高瀬と、絶望の淵に追いやられてしまったように悲愴に顔をゆがめるわたしの、静かなるにらみ合いがはじまる。
 まあ、高瀬に言わせると、にらみ合いなんて無粋なものではなく、らぶらぶ見つめ合いとかになるのだろうけれど。
 ず、頭痛が……っ。
 それにしても、すぐ後ろにまで迫った、高瀬のふわふわ巨大ベッドが妙に気になる。
 ベッドが気になりつつも、とりあえず沈黙を守り続ける。
 とっても重苦しく。
 しかし、やっぱり高瀬にとっては……以下略。
「……いいわよ」
 意を決して、そうつぶやいてみた。
 同時に、ふうっと息を吐き出す。
 どのくらいそうしていただろう。
 とうとう根負けしてしまった。
 もともと、この男に勝てるなど思っていなかったけれどね。
 それでも、極限まで抗ってみせるわ。
 だって、相手はあの高瀬よ?
 自分の欲望まみれの意思を遂げるためなら、何でもしちゃう男だもの。
 本当に、何なの? この男って……。
「え?」
 高瀬は、それまでじいっとわたしを見つめていた顔をくずした。
 ぎょっと目を見開く。
 まさかそんな返事があるなど当然のように予想していなかったらしく、めちゃくちゃ意外という顔をしている。
 あんぐりと開いたその口が、何よりそれを如実に語っている。
 ――こ、この男はっ。
 本当に腹立たしいわね。
 一体、わたしを何だと思っているの!?
 とりあえず、一応、何を間違ったか、婚約してしまった仲なのだから、そういうことがないわけでもないかもしれないじゃない。
 たしかに、ほぼ一〇〇パーセントの確率で、あり得ないけれど。普段なら。
 驚く高瀬になんてかまわず、胸の前で結ばれているリボンを手にとり、さらさらさらーとほどいていく。
 高瀬は、妙に素直に、わたしのなすがままになっている。
 わくわくと胸躍らせているのは、表に思いっきり出ているけれど。
 ……まったく、本当にもう、この男は。
 そして、すべて解き終わった頃、高瀬ににっこり微笑みかける。
「存分に、日頃のうっぷんをはらさせていただくわ。そこへなおりなさい!」
 次の瞬間には、きっぱりすっきりそう言い放ち、ずびしっと高瀬に指差す。
 そして、さらけだした胸をどんと押し、すぐ横にまで迫っていたベッドへ押し倒す。
 ぽふんと、高瀬はベッドにうまってしまった。意外にも、あっさりと。
 それからはといえば……当然、はじまる。
 なぐるけるの暴行。
 押し倒した時、打ち所が悪かったのか、高瀬は痛そうに眉を寄せていたけれど、そんなものも当然無視よ。
「え? ちょ……っ。ふ、楓花!?」
 驚いて慌てていたようでもあるけれど、もちろん、それもさらっと無視。
 そして、ついには、ほどいて散らばっていたリボンをたぐりよせ、そのままするりと高瀬の首にまきつける。
 その後にわたしがとる行動は、当然決まっている。
 そのまま手にぎゅっと力をこめ、ひっぱるのよ!
 死にさらせー!
 本気で殺意を抱いちゃったりなんかしちゃっているわよ。
 まったく、この男は。
 やっぱりろくなことはしないのだから。
 ろくな発想はしないのだから。
 なーにが、リボンをほどいて、俺を堪能してくれ、よ!
 信じられない。なんて破廉恥なの。
 よりにもよって、花も恥じらう乙女へのホワイトデイのお返しが、これよ、これ!
 わたしは、高瀬と違って変態じゃないのよ!
 むーかーつーくーわー!
 この男だから、ロマンチックなものはこれっぽっちも期待していなかったけれど、だけどせめて、もうちょっとくらい普通のものにしてくれてもいいじゃない!?
 わたしだって、普通にバレンタインだとかホワイトデイだとかをしたいと思っていないこともないのよ。
 ……そう、ちょっとくらい、普通にしてくれてもいいじゃない。
 だって、わたしだって、そういうお年頃の女の子だもの。
 まあ、これが、この男だとわかっているけれどね。
 でもね、やっぱり、ちょっぴりくらい、望ませてくれてもいいじゃない。
 とりあえず、一応、何を間違ったか、婚約をしている仲なのだし……?
 ――ちぇっ。つまんない。
 そんな思いもあいまって、一通りしめあげ、ぜいはあぜいはあと荒い息をしながら、高瀬を見下ろす。
 わたしのすぐ下には、首にリボンをまきつけた高瀬が、虐げられた姿そのままで、妙に余裕の顔をして微笑んでいる。
 ……む、むかつくわ。
 あれだけしめあげてやったというのに、この男にはさっぱりきいていなかったのね。
 く、くーやしー!
 この男、無敵なだけじゃなくて、不死身なのじゃないの!?
 だって、まさしく、首をしめてあげていたのよ!?
 ……不気味ね。
 そんな高瀬をちろっと見ると、今度はふわりと妙にあまく微笑まれてしまった。
 リボンをがっちりつかんでいた両手から、ふっと力が抜け落ちる。
 すると、こぼれるように、リボンが高瀬のまわりにひろがっていく。
 ふんわりと、金と紫のリボンが、高瀬を包み込む。
 同時に、吸い寄せられるように、高瀬の胸に頬を寄せていた。
 ぽてんと。
「どう? 満足した?」
 頬を寄せるその胸が静かに上下して、そっとそうささやく。
 さらりとわたしの髪を、その大きくてあたたかい手がすいていく。
 ――悔しいっ!
 どうしてそこで、満足したになるの!?
 満足するわけないじゃない。
 だってこれは、わたしにとっては死活問題なのよ。
 日頃の復讐なのよ。
 そして、うっぷんばらしなのよ。
 だから、満足するはずなんて、そんなはずなんて……。
「きらい」
 ぐいっと顔をあげ、ぷいっと顔をそむけて、ぶっきらぼうに言い放つ。
 だって、高瀬、全然わかっていないもの、わたしの気持ち。
 わたしは、こんなふざけたものじゃなくて、もっと普通の、普通の……。
 こんなことで、満足なんて絶対にしてやらない。
 高瀬はくすりと笑い、わたしに腕をのばしてきて、そのままぎゅうと抱きしめる。
 再び、ぽすんと高瀬の胸へわたしの体が傾けられる。
 ふわり香る、あまい薔薇の香り。
 この香りは、高瀬の香り。
 ――悔しい。
 抱きしめられ、そこでこの香りをかいじゃうと、なんだか涙腺がゆるんじゃうじゃない。
 そして、頭の芯がどことなくぼうっとしてきて、同時に憤りまで吸いとられてしまいそう。
 このまま流されてしまいたい、なんてそんなおかしな思いもよぎってしまう。
 嗚呼。思いっきり、ペテンにかけられている気分。
「うん、でも、俺は好き」
 高瀬はそう言いながら、ベッドにうずまったま、真っ赤なリボンをどこからともなくするりととりだしてきた。
 そして、おもむろにわたしの髪に触れ、そこにきゅっと結びつける。
 いつかのように、リボン結びで。
「楓花の真っ黒で綺麗な髪には、このリポンがよくはえると思ったんだ」
 そう優しげにささやきながら。
 わたしの髪に結ばれたリボンは、何の変哲もない普通のリボン。
 その辺りで、簡単に売っているようなリボン。
 だけど、高瀬が触れたそこが、結ばれたそこが、妙に熱を帯びているような気がする。
 くすぐったい。
 まったくもう、このペテン師は。
 冗談なのか本気なのか、いい加減、はっきりしてほしい。
 ……まあ、ふざけているように見えることもすべて、このインチキペテン師にとっては、本気なのかもしれないけれど。
 だってそれが、高瀬だものね。
 そうよ、これが高瀬だったのよ。
 どこまでもふざけているのが。そして、普通じゃないのが。
 そこに、淋しい≠ネんて感じちゃいけなかったのよね。
 あーあ。一体、わたしはどこまでふりまわされつづけるのかしら?
 永遠……のような気がしてならないけれどね。
 気づいた時には、ふうとひとつため息をもらし、ぽてっと高瀬の胸の中に体を預けていた。
 ……本当にもう、わたしのペテン師は。
 なんて愛すべきペテン師なのかしら。
 腹立たしいことに。
 だから、胸の中から、その頬に、そっと唇をよせてみた。
 いつもより、ちょっぴり心がほんわりとあたたかい。
 そんなホワイトデイ。


ゆううつリボン おわり

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update:06/03/14