花ぞさかりに
(十六)

 棗の立つ几帳の陰から、先ほどの葵瑛さま同様、ひょいっと帝がお姿を現されました。
「わたしもね、退屈だったので遊びに来てしまったよ」
 扇でお顔を半分ほど隠し、ふふっと笑われます。
「先触れもなく……。まさか、父君がそのような戯れをなさるとは思ってもいませんでしたよ」
 かなりの皮肉をこめて、陽楊さまがはきすてるようにおっしゃいました。
 すると帝は、かなり意外そうな表情を、とってつけたかのようになさいます。
「わたしはどうやら、お前たちに高く評価をされているようだね? しかし、よ〜く考えてごらん。お前たちの父親だよ? おおよそは想像がつくだろう?」
 そのような、お戯れもお戯れ、お戯れの過ぎるお言葉を口にされてしまいました。
 たしかに、あの陽楊さまと葵瑛さまのお父上さま。
 普通であるはずがないのでございますけれど……。
 まさか帝ご自身が、そのようなことをおっしゃられてしまうなど……。
「たしかにそうですが、あなたはあくまで帝でしょう? 我々とは立場が違うのですよ」
 陽楊さまは、あからさまに嫌そうに、ぷいっとお顔をそむけられます。
 そして、香姫さまの手を引き、奥へと去って行こうとされます。
「東宮にしては、やけに真面目な意見だね」
 帝はそのようなことをおっしゃりながら葵瑛さまの横まで歩いてこられると、親子そろって、本当に腹立たしいほどに、意味ありげににやりと微笑まれます。
 互いにお顔を寄せ合い、扇でお隠しになりながら。
 ええ、たしかに、このようなご様子を見ていると、帝と葵瑛さまは親子でございましょう。
 まったく、とんだ親子でございます。
 このような方が頂点に立っておられて、よく国が治まるというものでございます。
 あの葵瑛さまと似た行動をなさる帝が、治める国とは……。
 もちろん陽楊さまは、帝にそのような冷やかすようなお言葉をいただき、ぴくりと反応されました。
 そして、完全に去ってしまわれる前に、ぴたっと足をとめ、ぐる〜りと首をまわされます。
 眉間にしわを寄せ、非難するようなお顔でございました。
「わたしを冷やかして遊ぶ暇があるのでしたら、とっととご自分のお勤めに戻ってください」
「おやおや。やはり東宮は、我々と違って真面目ですね〜」
 憤る陽楊さまを、葵瑛さまがとても愉快そうにくすくすと笑われます。
 絶対に、わかっておられて、そのようなことをおっしゃっているのでございます。
 葵瑛さまのそのお言葉がさらに陽楊さまを怒らせてしまうことを、わかりすぎるほどわかっておられて、あえてそのようなことをおっしゃっているのでございます。
 それが陽楊さまにもわかってしまうから、葵瑛さまの挑発にそうやすやすとのってやるのも癪なので、必死に冷静を装っておられます。
 そのような陽楊さまを、少し困ったように、気の毒そうに香姫さまは見つめておられます。
「まあ、それはおいておいて……。三人とも、行っておいで」
「へ!?」
 いきなりの主語なんてすっ飛ばしたそのような帝のお言葉に、香姫さまも陽楊さまも、葵瑛さままでもが、怪訝そうにお顔をゆがめられます。
「行っておいでとは……まさか、もみじ狩りへですか?」
 いちはやく帝の思惑に気づかれた葵瑛さまが、ため息まじりにおっしゃいました。
 実は葵瑛さま、先ほどはあのようにおっしゃいましたが、本当は陽楊さまと同じお考えだったのでございます。
 どうして、わざわざ香姫さまを危険にさらすことができましょうか。
 葵瑛さまとて、その辺りの分別くらいは、持ち合わせておられます。
 陽楊さまはともかく、葵瑛さままでがもみじ狩り反対というふうな反応を示されたもので、帝は不思議そうなお顔をされます。
「おや? お前たち二人がついていれば、大丈夫だろう? それとも……まさか、姫君一人、守る自信がないと……?」
 試すように、陽楊さまと葵瑛さまに視線を送られます。
 その瞬間、陽楊さまと葵瑛さまの顔色がわかりました。
 お二人とも、どこかむすっとした表情をされてしまいます。
「我々をみくびらないでください!」
 そして、多少語気荒げに、そう言い放たれました。
 その瞬間、帝はにやりと微笑まれ、棗は頭を抱え、香姫さまは嬉しそうに目を輝かされました。
 陽楊さまと葵瑛さまがそうおっしゃったということは、すなわち、もみじ狩りが決定したも同然でございます。
 どうやら帝は、陽楊さまと葵瑛さまの負けず嫌いな性格を見抜いておられたようでございます。
 さすがは、血のつながった父上さまでございます。 
 あの陽楊さまと葵瑛さまも、一つ上をいく帝には敵わないようでございます。
 ……まあ、葵瑛さまの場合、それを見越して、全て承知の上で、わざと陽楊さまと同じ反応をなさったと言えないこともないのでございますが。
 何しろ葵瑛さまは、帝ですら手のひらの上でころがしてしまうとまことしやかに噂される、宮中一の困った親王さまなのですから。


 まあ、そのような帝のお勧めもあり、香姫さまは無事?、もみじ狩りへと行くことができました。
 陽楊さまは、あの後すぐに、ご自分の発せられたお言葉がいかに重大なことだったかと気づかれ、お顔を真っ青にされ落胆されました。
 また、葵瑛さまは、満足げに微笑んでおられました。
 香姫さま方がいらっしゃるここは、都は北のはずれ、北山(きたやま)でございます。
 今の時期ですと、恐らくこちらのもみじが見ごろであろうという、葵瑛さまのご意見を尊重してやってこられていました。
 しかし、よくよく考えると、あの葵瑛さまのおっしゃること、そう簡単に信じてもよろしかったのでしょうか?
 と、香姫さま方の供としてついてきていた棗は、重苦しい表情でございます。
 今回のもみじ狩りは、帝のお口添えもあり、名目は、東宮御所勤めの香と棗の女房を付き添いに、そして警護に葵瑛さまを連れて、東宮がお忍びでもみじ狩りへ出かけられたということになっております。
 しかし、本当のところはもちろん、香姫さまの「もみじ狩りへ行きたいわ」というわがままから実行されたことでございます。
 行き先が北山となれば、牛車など使っていてはかえって面倒ということになり、香姫さま方は騎馬で向かうことにされました。
 陽楊さまの操る馬には香姫さまを、葵瑛さまの操る馬には棗を乗せて、二頭の馬で北山の地に足を踏み入れられております。
 棗を乗せた葵瑛さまの馬が先を行き、その後に陽楊さまの馬が続きます。
 北山へ入ってしばらくのこと。ふいに葵瑛さまは馬の歩みをゆるめ、陽楊さまの馬に並べました。
 そして、陽楊さまの胸の内に身をおく香姫さまに話しかけられます。
「香姫殿。知っていますか? この北山には、もう何百年も生き続ける天狗が住んでいることを」
「……」
 やけに真面目に聞いてくる葵瑛さまに、それがさらに疑わしさを強調させているだけに、香姫さまはじとりと葵瑛さまをにらみつけられます。
 そして、おもむろに、例の伽羅の数珠玉の入ったにおい袋を取り出し、葵瑛さまにばしっと投げつけられました。
「悪霊退散!!」
 におい袋が見事葵瑛さまに命中して、ぽっとっと同じ馬の背に乗る棗の手の内に落ちると同時に、なんともかぐわしい陽楊さまの香りが、葵瑛さまともども棗を包み込みます。
 葵瑛さまにあたって落ちてくるにおい袋を、棗が慌てて受け取ったのでございます。
「おや〜。これはこれは、香姫殿と同じ香りをまとうとは、何だかあやしいですね〜。どきどきしてしまいます」
 陽楊さまの香りをまとった葵瑛さまは、くすくすと、からかうように香姫さまへと身を乗り出されてきました。
 その瞬間、もちろん、葵瑛さまのお顔に香姫さまの扇がめりこみます。
 まったく……。香姫さまも、葵瑛さまも、性懲りもなく……。
 全然、成長しておられないですね。
「天狗より、あやかしより、もののけより……悪霊悪鬼より何より、これがいちばんたちが悪いわよね」
 香姫さまはさらっとそうおっしゃられると、そのまま葵瑛さまを無視し、陽楊さまに先を急ぐようにとおっしゃいました。
 そのご様子を見て、葵瑛さまはからかいがいのない……と、おもしろくなさそうに、陽楊さまの馬の後を追われます。
 棗は葵瑛さまの馬の上で、また頭痛を感じはじめておりました。
 そして、その手の内には、まだ香姫さまのにおい袋がありました。
 たしか、このにおい袋には、明水さまが持っているようにとお譲りくださった、あの伽羅の数珠玉が入っているはずですのに、香姫さまにお返ししなくてもよろしいのでございましょうか?
 そのようなことは、この葵瑛さまのいつもの悪ふざけのおかげで、棗の頭からすっぽりと抜け落ちていたのでございます。
「もうそろそろだね……」
 さわさわとそよぐ、木々の香りする風を受け、清々しそうに葵瑛さまがおっしゃいました。
「そうですね。恐らく今頃は、とても素晴らしいもみじでございましょうね。――ねえ、姫さま?」
 まだご機嫌をななめにされたままの香姫さまへ、ご機嫌をとろうと棗が話しかけます。
 しかし、香姫さまは、相変わらずつんとお顔をそむけ、たしかにお耳に入っているにもかかわらず、入っていない素振りをされます。
 どうやら、今回は相当根が深いようでございます。
 たいしたことは言っていないにもかかわらず、いつまでもご機嫌を損ねたままの香姫さまを、葵瑛さまは不思議に思われておりました。
 今までも、何度となくからかってこられましたが、あのようなことくらいでこれほど長い間、ご機嫌を損ねられていたことはないのでございます。
 まあ、それも、香姫さまにとっては、今までのことがつもりにつもり、まとめてお怒りになっていただけのことでございますが。
 そのようなことを、葵瑛さまが知るはずがございません。


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update:03/10/17